第19話 不穏の現れ

その日の夜、ラビとジルはレオルの実家に

泊めてもらうことになった。


「何ももてなせないけれどもしよかったらぜひ。」


と2人を泊めてくれたのだった。

レオルの弟も警官であったが、別の地方に派遣

されているという事で家にいたのは母親のみ

であった。


「いらっしゃい。大した物も用意できないけど

ぜひゆっくりしていってね。」


レオルの母親はとても優しく2人を歓待してくれた。


「とても素敵なお家ね!お母さんもとても優しくて

レオルが親切で優しいのも納得だわ。」


ジルはすっかりレオルのこともその母親のことも

好きになっていた。


「それはどうもありがとう。」


それほど子ども好きでもなかったレオルだったが

ジルのことは苦手ではないようで

照れくさそうにはにかんで礼を言うのであった。


「でもこの街にも恐いことがあるのね、

あんな大きな毒蜘蛛がいるなんて……」


「いや、まさか、あんな蜘蛛、僕は今まで

見たことがないよ。」


「えー、でもさっきいたじゃない。」


ジルがそう言うとラビが口を挟んだ。


「あの蜘蛛はこの国には生息しない。

南国に生息する特別なものだ。」


「えっ……」


2人とも驚いて言葉を失った。


「だが昔、あの蜘蛛を気に入って飼育している

奴がいた。」


「え…だれ…?」


「コードネーム:ツリースパイダー。通称『蜘蛛』

と呼ばれていた毒を使う『死神』だ。」


ラビがそう答えると2人は呆気に取られ、

その場は静寂に包まれた。




しばらくして漸くジルが口を開いた。


「それって、ラビ以外の死神がこの街に

いるってこと?」


「そうだな。」


「ええっ!!」


ジルは驚き震え上がった。

ラビのことを信頼し安心していても

やはり暗殺者というものが怖かったのだ。


「そんな、大変なことが!すぐに署に

報せないと……。」


レオルは慌ただしく出て行こうとしたが


「止めておけ、あいつは問題の多い奴だが

それでも死神だ。市井の者が何とかできる

相手ではない下手に触っても死人が出るだけだ。」


ラビはそう言ってレオルを静止した。


「し、しかし暗殺者がこの辺をウロウロしている

ことを見過ごすなど…!」


「死神は私的な理由での暗殺を禁じられている。

まあ、あいつはやりかねないが……

ともかく、この街の市民に何かあるということは

ない。気にせず眠ればいい。」


「いや、そんなわけには……」


「じゃあ偶々この街にいたの?」


レオルを遮ってジルが尋ねてきた。


「いいや、そんな事はまずないな。

態々私に毒蜘蛛を見せてきたくらいだ、

あいつの狙いは私なのさ。」


「えっ……」


2人は再び絶句した。


「ラビ、君の命が狙われているのかい?」


「まあ、そういう事になるだろう。」


「どうして?仲が悪かったの?」


「そんな理由なわけないだろ、組織の生き残り

達がラビを追ってるとかじゃないのか?」


「概ねの理由はジルの方が近いな。」


「えっ!?」


レオルは驚き、ジルはやっぱりという顔をした。


「あいつは殊更私を嫌っている。一方的な恨み

だが、ああいうタイプはそれが一番ネックに

なり厄介だとも言える。」


「ケンカでもしたの?」


「いや、私がというよりアレを作ったやつに

問題がある。あの男は丹精込めて大事に

作り上げた後、それを大切にしないからな。」


「私を見ていればあの男に対してどうするのが

最善か分かっても良さそうなものだが

誰もそうしなかった。やはりあそこは

特殊な環境でそれぞれが特殊な事情を持って

いたのだろう……」


ラビは考え込むようにそう言った。


「あの男って人が悪いの?」


「そうだ。あの男は私のことを『最高傑作』だと

呼び、蜘蛛の事を『失敗作』と言い放った。

余計なことだ。そんなこと、あの男にとっての

都合でしかないのに。あの男はいつも本当に

余計なことしかしなかったな。」


ラビは苦々しい口調でそう言った。

無表情の奥にも苦々しさを滲ませているようで

2人は何も言えなかった。


ラビが人に自分のことを話すことなど

今まで無かった。会話でさえほとんど無い。


ほんのり芽生え始めたかもしれない『感情』の

感覚にラビは

「「お前だって、本当はみんなと変わらないのさ。」」

そんな言葉を思い出していた。

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