第18話 ワシアにて

3人は行列に並んだ後順番に乗船した。


「えっ、レオルも乗るの?」


ジルは不思議そうに聞いた。


「僕も一旦ワシアに戻ることにしたんだ。」


そう言ってレオルはラビを見たが、

ラビは何も反応しなかった。


「君達はワシアで孤児院へ向かうんだろう?

よかったら僕がそこまで案内するよ。」


「うん……」


ジルは嬉しくなさそうだった。

孤児院へ行くのが本当は嫌なのかもしれない。

いや、それだけではないのかもしれないが

レオルは余り気にしないようにした。


「そうだラビ、向こうについたら船長が

今回の件についてお礼を言いたいそうなんだ。」


「いや、いらない。適当に断ってくれ。」


レオルはやはりそう言われたかと思いながらも

どう対応しようか思案した。


『やれやれ困ったな……』


そう思いつつ、初めて船に乗る事を喜ぶジルと

その話を黙って聞いているラビを見つめた。


『あの子はラビが暗殺者だったと聞いても

まるで動揺もしなければ見る目も変わらなかったな。そして今も側にいて嬉しそうだ。』


頼る者のいない子は、基本頼れる者を慕うように

できている。しかしレオルから見てジルは

芯がしっかりしていて、誰にでも見境なく

懐くようにも思えない。


『ラビのどこかに惹かれ、心から好意を抱いて

いるのだろうか?』


まさか、奴は『死神』なんだぞ……

だが、もし仮に、そうなんだとすれば

奴は、ラビはそれをどう感じているのだろうか


それは死神に人の心があったならばの話

それを自分が押し計れるだろうか

レオルの疑問は尽きない。

今はただ、一見仲睦まじく見えなくもない

2人の姿を眺めているのだった。



やがて船は主要都市ワシアに到着した。


多くの乗客が船が無事出航し、到着したことを

喜んだ。

ワシアの方でも船の到着を待ちわびた市民達が

喜びの声を上げていた。


船着き場はそのような人達でごった返していた。

その人混みを抜けて2人はレオルを待った。

レオルは船長などへの挨拶を終えて

少し遅れてやってきた。


「船長は本当に君に会いたがっていたよ。」


とレオルは伝えたが、


ラビは「そうかい」と答えるのみだった。


「この街は電車も走っているし、

孤児院へも電車に乗れば近くまで行ける。

けれどせっかくワシアへ来たんだ、

少し観光なんかしていかないかい?」


レオルはそう提案した。


「いらない」とラビが答えるより先に

「わあっ素敵!色んなところ見てみたい!」


とジルが答えた。

ラビは黙った。


必然的に3人は街を散策することとなったのだった。


今でも使われている大聖堂やかつて王族達も

愛用していたという城の跡、

(今は誰も住んでいないので街で管理している

らしい。)


主要都市と言われるだけあって、小さい街ながらも

様々な歴史的文化資材が大切に保存されていた。


「わあ、素敵な街ね。建物もとてもキレイ。」


ジルは何を見ても感激していた。

ジルは貧しい両親と地方地方を物を売りながら

食いつないでいる時に暴漢に襲われ、両親を亡くし、人に拾われるが養われることはなく、

ヘレに出会うまで着の身着のまま生きてきた。


文化的素養のある街は初めてだった。


「この街を気に入ってもらえて嬉しいよ。」


「うん、本当に素敵な街。オジさんと一緒に

いた町が信じられないくらい……」


「ワシアは総統が暗殺されたという報せが入って

すぐに自治に動いたからね。常駐の軍にも

何もさせず従わせた。

とても臆病な街なんだ。国に対しても反抗は

しないけど信用していなかった。

結果的に良い判断だったと思うよ。」


「ワシアの代表は元『梟』だからな、

政治も判断も安定するだろう。」


ラビは何かを思い出すついでのように

サラリと言った。


「?梟って何?」


2人とも意味が分からず反応に困った。


「中央の諜報機関のスパイ組織だ。

彼らは死神達と違って引退後の身の振り方が

ずっと上手い。生き方の上手さというものを

ずっとよく知っている。」


「え……まさか……」


レオルは信じられないという顔をして絶句した。


「確かにあの人はワシアの出身ではなかった

らしいけど、まさか中央から派遣されていた

なんて……」


「中央からの諜報員として派遣されたわけでは

ない、引退後の身の振り方として身を隠さず

地方で堂々と政治家として、上手く調整する

という道を選んだだけだ。中央への政治力が

鈍い者がなるよりずっと街の為に動けると

思うが?」


「そ、そりゃ、外から見ればそうなのかも

しれないけれど……」


レオルは釈然としなかったが、

だからといってこの問題に自分ができることが

無いこともよく分かっているので

あらゆる思いを諦めざるをえなかった。


「それはあくまでついでに思い出したことだ

気にしないでくれ。」


ラビはそう言った。


そんなわけにはいかないだろうと

レオルは言いたかったが言っても意味ないだろう

と思い、言わずに黙ることにした。


ふとラビが険しい顔をし、足を止めた。


2人が不思議に思った瞬間、ラビは手持ちの

小さいナイフを投げた。


驚いた2人だったが、投げたナイフの先には

足の先まで入れて拳くらいの大きさの蜘蛛が

刺されていた。


「えっ、何?何?何があったの?」


ジルは驚いて怯え、レオルに縋った。


「何があったんだい!?」


レオルも驚き、咄嗟にジルを背後に廻して

庇う姿勢を取りながら銃を取った。


ラビは投げたナイフを拾い2人に見せた。


「毒蜘蛛だ。」


その大きな毒蜘蛛はもう死んでいた。

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