第2話 死神の名前

ジルは随分ごねたが、最終的には男の意見に

従った。


男の意志が堅いことをようやく理解したのだ。


ジルが出発の準備をしている間に

ホロウは男に話しかけた。


「あなたの後ろの傷を知っている。

工作部隊で長く活躍していた『ヘレ』だな。」


ビクッとした初老の男は目を見開き、

ホロウを見つめた。

冷や汗が止まらなかった。


「お前……まさか、俺を追って……」


「まさか。もうあの機関は雲散霧消してしまった。

命令を出すトップもいない中あなたを狙う者など

いない。」


「そうか、それもそうだな……

長く身を隠すことに慣れるとダメだな

今さら怯えるなど……情けない……」


だがその時ヘレはある事を思い出しハッとした。


「だがお前……俺のことを知っていて、その出で立ちまさかお前……まさか……」


ヘレは唾を飲み込み、ひと呼吸してから言った。


「『死神』か………?」


「もうこの国に死神はいない。

死神だった者がいるだけだ。」


「そうか………」


ヘレは急に身体中の力が抜けていき、

そして勢いよく笑い出した。


「まさか、まさかな、俺が最後に物を頼むやつが

『死神』だなんてな!ハハハハ……!」


準備を終えて戻ってきたジルはその様子に

驚いた。


「どうしたのオジさん?何か様子が変よ…」


「いやなあ、どえらいやつに頼んでしまってな…

いや、これほど心強いこともないか…」


ヘレはそう言うと、ホロウを見つめ噂を思い出した。


「『死神』……その背格好と雰囲気……まさか

あんた『キラービー』なのか?」


「………そう呼ばれるのは……久しぶりだ。」


「ジル、この人の名前はホロウではない、

キラービーだ。いやこれも本当の名前では

ないか……」


「えー!何よそれ!なんでいきなり名前が

2つあるの!?それに蜂みたいな名前だし!」


ジルはまたも文句を言った。


「ホロウもキラービーもどっちも嫌な名前!

そうだ!それなら短くして『ラビ』はどう?

ちょっと可愛くていい名前よ!」


ホロウと名乗り、キラービーと呼ばれた

死神だった女はラビと名付けられた。


「………好きに呼べばいい。」


ラビと呼ばれた死神は何も気にしない。

識別できれば何でもよかった。


「じゃあ決まりね!ラビ!」


ジルは名前を付けると急に親近感が湧いてきた。

少し気持ちが上がってきたジルだったが、

ヘレの顔は険しく強張っていた。


『信じられない、キラービーとは組織の中でもトップクラスの暗殺者で狙われたら最後、必ず殺されると言われた冷酷無比の殺戮者だ。それは俺らへの裏切らせない為の脅しで本当に存在するのかも怪しいとさえ言われていたほどなのに、まさか本当に……こいつが……?』


「ジル、少し待っていてくれ、

この人と少し話をしたい。」


「うん……」


ヘレの真剣な顔に気圧されたジルは素直に従った。


「あんた、死神だったあんたが、今何をしている?

今は誰に従っているんだ?あの組織はもう無いと

言ったが、なら今は何を目的にこんな所に………」


「私はもう誰にも従っていない。ここに目的が

あるわけでもない。知りたいことが一つあるが

それも大したことではない。」


「もう誰も狙っていないのか?」


「必要がない。必要がないことはしない。」


「人も……もう殺していないのか……?」


「私は誰も殺そうとはしない。だが殺しに来るものがあれば排除するだろう。」


その様子には何一つ殺気もなかった。

だがまた同時に気配も感情も持ち合わせてはいなかった。

『本物だ』とヘレは思った。


「そうか………最後に一つ教えてくれ、

なぜ俺の依頼を受けてくれるんだ?」


「依頼とは指令と同じようなものだろう?

なら受けるものではないのか?」


「指令と一緒ってお前……

なら頼まれれば何でも引き受けるのか?」


「さあ、今まであなた以外から何かを

頼まれたことがないから分からないな。」


「そうか……何だかあんたに頼んでいいのか

よく分かんねえな……」


ヘレは今ひとつ、死神だった女であるラビを

信用することができなかった。

しかし疑うほど怪しさも無かった。


経歴は何一つ信用できないのに、

今目の前にいる相手が何か企んでいるようにも

見えなかった。


「こんな国でこんな状態で信用できるやつに

巡り会うなんて奇跡を

信じても、願っても仕方ねえんだけどよ……」


「ジル、すまねえな、俺にも時間がねえ。

この人なら大丈夫と賭けるしかねえ。」


結局確信は持てないまま

少女をラビに託すことにする。


「うん。」


勝手に名前を付けたことで親近感を湧かせたジルは


『この人と一緒にいても、別にいいかも。』


と思うようになっていた。







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