死神は、月を抱いて眠りたいーー死神は少女と出会う

漂うあまなす

第1話 初老の男と少女

「おい、そこのあんた!

真っ黒のさ、男か女かよく分かんねえけどよ

お前若いんだろ、ちょっと頼みがあんだわ」


痛む足を抱え込むように座っていた

初老の男に声を掛けられたのは

かつては死神と噂され暗殺を生業としていた

黒い影のような女であった。


「頼み?」


頼みと言われて彼女は足を止め、初老の男に

目をやった。


「そうだよ、頼まれてくれ、

とても大事なことなんだ!」


初老の男の声は一々大きかった。


「依頼か………」


黒ずくめの女はある男の言葉を思い返す。


『人が生きるのは、人と繋がるためさ。

一人でも生きてはいける。でもそれは

息をしているだけみたいなもんさ。

人と繋がれば、関われば、世界は広がる。

世界はな、無限に広いんだ。』


その言葉が大事だとも、素晴らしいとも思わない。


けれど………


「いいだろう。聞いてやる。」


それを否定する言葉もまた、持ってはいなかった。


初老の男はニヤリと笑い、

後ろに向かって叫んだ。


「ジル!出てこい!

見つかったぞ!ジル!」


「うるさいなあ!大きい声ださないでよ!」


初老の男の後方にあった、ボロが積まれたような

テントの中から、一人の少女が出てきた。


ジルと呼ばれたその少女は10歳にも満たない

くらいの背格好であった。

ジルはその謎の女を不思議そうに見つめた。


「何なのこの黒ずくめの人。

すごく怪しい感じじゃない?」


ジルは怪訝そうに黒ずくめの女をジロジロと眺めた。


「この人に頼むことにした。

無事に連れていってもらえ。」


「え!?急に!?突然過ぎるよ!!

私は嫌だ!まだオジさんとここにいる!」


「うるせえ!俺はもう歩けねえんだ!

この人に付いていけ!」


二人の間で何やら喧嘩が始まった。

黒ずくめの女は興味無さそうにそれを見ていた。


「おい、あんた!名前は何て言うんだ!?」


黒ずくめの女は初老の男に問われた。


「名前か………」


かつて彼女は名前が無かった。

施設で与えられた11567という番号で呼ばれる

こともあったが。

仕事をする時はコードネームを付けられた。

それはあくまでその組織内での識別の為の

呼び名であり、そこでは皆がコードネームで

呼び合っていた。


組織外へそのコードネームが知られることは

望ましくなく、外で名乗る用の名前も

与えられていた。

(もうその組織も今では無いのだが……)


「ホロウ。」


「え?ホロウって?」


「私に名前が必要ならそう呼べばいい。」


「ホロウって、偽物みたいな意味よ?

名前としては変だわ。」


ジルが怪訝そうに言った。


「私には元々名前が無い。偽物でも何でも

呼び名など好きにしたらいい。」


「ええっ……」


ジルは驚いて絶句した。


『何なのこの人、記憶喪失ってやつ?』


そう思うと暗くてぶっきらぼうなところにも

何となく納得がいった。


「じゃあよ、ホロウさんよ、この子を

2つ向こうの町、ワシアへ連れ行ってやって

くれんか?そこには孤児たちを預かってくれる

いい施設があるんだ。」


「ワシアの孤児院か……」


「嫌よ!オジさんを置いてはいけない!

もうほとんど歩けないし、私がいなくて

これからどうするの!?」


「自分のことくらい何とでもなるさ、だが

もうろくすっぽ動けないワシではお前に

何かあった時、もう守ってやれんのだ……」


「ヤダ、それでもヤダ……」


ジルは男に寄り添い泣き出した。


ジルを抱えて傾けた男の首筋をホロウは見た。

首筋には頭から背中にかけて大きな傷跡があった。


「ここは日に日に治安が悪くなっている。

内戦が始まってから難民や新規の武装勢力が

集まって互いに争いながら人を殺している。

ここで生きていくのはもう厳しい……」



初老の男は苦々しい顔をした。


深い深い眉間の皺には強い覚悟が刻まれていた。






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