第28話 メイド、パスタを食べる


 お昼時になったので、館内のレストランに向かう。そこは人気洋食屋さんなので行列が出来る。祐介達が到着する頃には長蛇の列で二人は待った。予定外の出来事が起きて、少し遅くなってしまったから。けれど、彼は彼女を咎める事は無い。彼女は何も悪いことをしていないから。


「少しは落ち着いたか?」


「はい。ご心配ありがとうございます」


 先ほどまでの青白い顔は治まっていたが、笑顔ではない。まだどこか怯えているような。


 祐介はミステリアスな彼女の過去が気になってしまった。けれど、聞いたらいけないと思うから聞かない。祐介が事情を抱えているのと同じで神崎も事情を抱えている。


 待っている時間が暇だった。


 特に神崎と話す話題もなかった。祐介はスマホを開く。と、その前に断る。


「あのさ、スマホゲームやっていいか?」


「何でいちいち、わたくしに聞くんです?」


「退屈させると思って」


「いえ、わたくしは祐介様と一緒にいられるだけで満たされているので、お気になさらず。どうしても暇な時は祐介様で妄想す――喋り過ぎてしまいましたね、失礼しました」


 一応、了承を得れた。


 ゲームをする前にLINEを開いたが、加奈のアカウントは無事だった。もう神崎は加奈のことを攻撃しないだろう。


 ゲームを開くと、最近全然ログインしてなかったせいか、アイテムが沢山溜まっていた。


「やばいな……」


 取り敢えずガチャを回す。推しは所持しているし、そこまでガチャに頓着していないので、ノーリアクションでホーム画面へ戻る。

 祐介がやっているゲームはRPG。ギルド無所属。推しは銀髪碧眼の女の子。推しをホーム画面に設定している。


 神崎に見られたらやばいな、と思ったが――。


「二次元は敵にすらならないので、ご自由にどうぞ」


「?」


「だって二次元の女の子とは実際にキスしたり、セックスしたり出来るわけじゃないでしょう?」


「……まあそうだけど」


 いや、公共の場で『セックス』という言葉を堂々と使う神崎に驚いた。


 神崎は「嫉妬なんかしません!」と言って、時折彼のスマホ画面を見ては、何もせず待っていた。


 やっと順番になって、祐介がスマホを仕舞おうとした時、彼女がポツリと呟いた。


「わたくしも銀髪にしてみようかしら。そしたらもっと、祐介様に好かれるかな?」


 それを聞いて、祐介は。


(やっぱ嫉妬してんじゃん)


 店内に入ると当然、全席人で埋まっていた。二人は隅っこの席に案内された。小学生の頃、加奈と座った席とは違う。


「わたくしはナポリタンスパゲティーを頼むので、祐介様はオムライスを頼んで下さい」


「分かった」


 そして注文する。


 料理が来るまでの時間も長かった。


 流石にここでも彼女を無視してスマホゲームをやるのは気が引けたので、なんとか話題を見つけ提供した。


「それで、かつての加奈と同じ行動をして加奈と同じ気持ちに少しはなれたのか?」


「なれません。きっと境遇が違うからですね。それに気づいたんです。祐介様が変わらず祐介様のままでいれば、同じ気持ちにはなれなくても、同じ体験は出来るって」


 それを聞いて、やっと祐介は腑に落ちた。


「なるほどな」


 そして、次の話題を振る。


「神崎って好きな食べ物とかあるのか? 俺はやっぱ、オムライスが好きだな」


「カップラーメンじゃないんですね」


「あはは」


 本当は好きでカップラーメンを食べていたわけじゃない。食べられる物がそれだけだっただけだ。今の祐介は神崎の作る料理が一番好きだ。


「で、神崎の好きな食べ物は?」


「……祐介様」


「へ?」


「いえ、祐介様の作る料理が食べたいなあ、と思っただけです」


「激マズだけど大丈夫か?」


「今度わたくしが教えてあげます。祐介様ならきっと一週間で上達するはずです」


 そんな話をしているうちに、料理が運ばれてきた。


「来ましたね」


 大きな皿にそれぞれ、スパゲティーとオムライスが載っていた。どちらもボリューミーだった。これはお腹いっぱいになりそうだ。


「まずは写真を撮りましょう」


 二人は料理の写真を撮った。

 神崎は写真をインスタとかにあげるのだろうか、と彼は思ったが神崎はスマホを持っていない。だから、分からない。メイドとはスマホを持ってはいけない生き物なのか、と彼は疑問に思う。連絡先交換は夢のまた夢だろう。秘密主義者の神崎が連絡先を迂闊うかつに教えてくれるとは思えない。


 写真を撮り終えると彼女に促される。


「それでは面白い顔、描いて下さい」


「面白い顔って……あんま期待するなよ」


 真顔でじーっと見つめられながら、祐介はオムライスに顔を描いていく。


「出来た!」


 神崎はオムライスを上から覗く。

 すると――


「くすっ。あはは」


 神崎が笑ってくれた。先ほどのフラッシュバックなど忘れて。


「そんなに面白いか?」


 正直、祐介自身はそこまで面白いと思えなかった。けど他者から見ると、凄く面白いのだろう。画力はそんなに無いけど、個性的な絵だった。


「ちょっと貸して下さい」


 神崎は祐介が描いた顔の左右の横に、ハートを付け加えた。


「どうでしょう」


「可愛くなったな」


「よく見るとこの顔、祐介様に似ていませんか?」


「俺、こんな変な顔、してるっけ?」


「くすっ」


 彼女の笑った顔が可愛い。


 オムライスを食べるのが惜しくなってきた。


「祐介様はこのオムライスのように、わたくしに沢山愛されているんです。そしてこれからもわたくしは祐介様を愛し続けます」


「!」


 嬉しかった。けど気恥ずかしさのせいか、何も言えずにいた。


 やっと手を合わせ、食べ始める。


「美味しいですね」


「だな」


 ふとそこで祐介はある事に気づく。


「きょ、今日はあーん、とかしなくて、いいのか?」


 どうしてもイチャイチャに慣れず、しどろもどろになってしまう。


「今日はしません」


「何で?」


「加奈さんとはそういうコト、しなかったでしょう」


(そこまで合わせるんだ……)


「そっか」


「ですが、オムライス少し欲しいので、くれませんか?」


「いいよ」


 皿をトレードする。


「わたくしのナポリタンスパゲティーも欲しければどうぞ」


 祐介はスパゲティーをパクリと口に運ぶ。


「うん! 美味い」


「こちらのオムライスも最高です!!」と神崎。


 今日はあーんはせずに間接キスだけで留めておいた。けど、美人メイドとの間接キスだけでも充分幸せなことなのだが。


 会計を済ませ、レストランから出る。


 まもなく海月コーナーに着く。






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