第29話 メイド、海月に夢中になる


 海月コーナーに着いた。そこには色とりどりの数多くの海月が泳いでいた。海月コーナーに着いた途端、神崎の目の色がガラリと変わった。


(そういや、海月好きって言ってたもんな)


「神崎、海月好きなんだよな?」


「……忘れて下さい」


 何でそんなふうに言うのだろう。好きなものは好き、と堂々としていればいいのに。


 でも、態度は矛盾していた。


 さっきから彼女はあっちに行ったりこっちに行ったり。祐介は神崎を目で追えない。


 祐介の元に戻ってきたかと思うと、「水クラゲです! すっごく可愛くないですか?」と写真を見せつけてくるし。


 本当に好きだというのが有り有りと伝わってきた。


 神崎は食い入るように海月を見ている。多分、祐介が声を掛けても反応してくれるか微妙だ。恐る恐る声を掛けてみる。


「海月、可愛いな」


「じー」


 海月に夢中で本当に反応してくれない。


「神崎、聞いてるか?」


「……」


「俺は……君と一緒にここに来れて良かったと思ってる。また来ような」


「……はっ! 何か言いました?」


 ようやく現実に引き戻されたようだ。


「いや、別に、何も?」


 祐介は誤魔化すが、彼女は聞き逃した事を自覚しているようで、申し訳なさそうな顔をした。


「祐介様のセリフを聞き逃すなんて、メイド失格です。どうかこの、無能なメイドを叩いて下さい」


「叩かねーよ。顔上げろ。それと、そこまで重要な事は言ってないから安心しろ」


「むー」


 神崎はいじけている。そういう所も可愛い。


 祐介も何枚か海月の写真を撮っていると、神崎が肩をとんとん、と叩いてきた。


 振り返ると――。


「祐介様、お願いがあります。海月とツーショットを撮りたいので、このカメラで撮って頂けませんか?」


「分かった」


「祐介様は優しいですね」


 彼女は再びクスリと笑う。そう言われると何だか恥ずかしい。


 カシャッ、と五枚ほど撮った。


 写真の中の彼女は笑っていて、ピースサインをしていた。


 ここでふと、彼は思う。


(海月って何体もいるから、ツーショットとは言わなくね?)


 けど、思っていても触れてはいけない部分な気がするから、口にはしない。


「そろそろイルカショー観に行かないか?」


「そうですね」


 はしゃぎ過ぎてしまいました、と神崎は顔を赤らめる。本当に子供のようだった。


 海月コーナーを出て、イルカショーの場所へ向かう。


 その中途。


「で、神崎は何枚くらい海月の写真撮れたんだよ」


「124枚でした」


「撮り過ぎだ」


「可愛いんだから、仕方ないじゃないですか」


「じゃあ、俺と海月、どっちの方が大切だ?」


 珍しく神崎がしそうな質問を逆に祐介がしてみた。彼女はどう答えるのだろう。


「祐介様のいじわる。究極の選択させないで下さい。それでも祐介様の方が大切に決まってます」


 まもなく、イルカショーの場所に着く。

 パラパラと空から雨が降ってきている。先ほどまでの太陽は無く、曇り空。


 二人は空を見て絶望した。




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