第25話 メイド、耳を傾ける


 トランプが終わった後、神崎は加奈と少し話がしたい、と言い二人並んでリビングの椅子に座っていた。その正面には祐介が座る。さっきのような事態にはなってはいけないから。健一はというと、漫画が読みたい、と二階に行ってしまった。


「神崎、そのチケットどうしたんだ?」


「加奈さんから貰いました」


「あ、ああ。加奈、ありがとな」


「いえ。二人で仲良く行ってきてね」


 こうして、加奈から貰ったチケットで神崎と水族館に行くことが決まった。なんか二人が仲直り出来たっぽくて、彼は安心した。


「それで話って何ですか?」


「小学生の頃、水族館に行った思い出を聞かせて下さい」


「それってゆーくんと行った時の事ですか?」


「はい」


(加奈さんのことを許したとはいえ、やはりその愛称は痒くなってくるわね)


 まだ完全に嫉妬心は消えてない。


「祐介様も協力出来たらして下さい。デートプランに他人の聞き込みは必須なので」


 彼は頷く。デートプランや聞き込みという言葉に疑問を抱きながら。


「うーん、一言で言うと『楽しかった!』かな」


「…………」


 求めていたものと程遠い回答に何も言えなくなる神崎。彼女は呆然としている。


 しばらくして。


「そうではなくてですね、時系列でもっと詳しく教えて欲しいのです」


「時系列!? そんな昔の事だから覚えてないよぉ」


 半べそをかく加奈。無理もない。だって、祐介も覚えてないから。ただ、あの日は夕焼けが綺麗だったと。それだけは鮮明に覚えていた。


「何だっけ。確か最初に水族館の前で写真撮ったでしょ。それから――」


 神崎はメモを取る。ひたすら、事細かく書いている。何だか警察の事情聴取みたいだ。


「ちょっと待って下さい! 何時に水族館に到着して、何時頃水族館から出ましたか」


「んー、覚えてないです、ごめんなさい」


 ここで祐介がフォローする。


「確か九時に到着して、十六時解散じゃなかったか?」


「そうなんですね。解散、ということは二人で帰らなかったんですか?」


「ああ。遅いから親が迎えに来てくれた」


 ここで話を戻す。


「それで写真撮った後、どうしましたか」


「んー、ジュース買って飲みながら魚見て……あ! 海鼠なまこ触った。思い出した! 私が海鼠気持ちいいって言ったのに、全然ゆーくん共感してくれなくて」


「ジュースは何ジュース飲みましたか? そして間接キスはしましたか? あとわたくしも海鼠の気持ちよさが分かりません」


「ひどーい、神崎さん。オレンジジュースを買いました。あと、間接キスなんてするわけないじゃないですか! 何言ってるんですか」


「そうですよね。付き合ってないですものね」


 神崎は再確認する。

 加奈は動揺していないので、白だ。


「――海鼠の後は、お昼ご飯の時間になったので、水族館内の有名なレストランに入って、私はナポリタンスパゲティーを頼みました」


「俺はオムライスを頼んだ」


 水族館内の有名なレストラン、と聞いて神崎はすぐに何処か理解した。人気洋食屋さんで、行列が出来るから、11時頃から並んでいないと凄く待つ、という所だ。


「そうなんですね。祐介様はオムライスにケチャップで何か描きましたか? それとも加奈さんが何か描いていましたか」


「あー多分、俺が面白い顔描いてた気がする。懐かしいな」


「二人で笑い合ってたよね」


 神崎はそれを聞いて、無意識に睨んでいた。思い出を聞いて嫉妬とか大丈夫なのだろうか、と祐介は密かに心配してた所だった。


「神崎、睨んでるけど大丈夫か?」


「す、すみません」


「それで午後は何されましたか」


「午後は海月見て、その後イルカショーですね」


「海月、可愛かったでしょう。沢山写真、撮りました? わたくし、実は海月好きなんです――って喋り過ぎてしまいましたね」


 神崎が自分のことを話すのは珍しい。つい口が滑ったのだろう。


「はい。沢山写真、撮りました! 海月、可愛いですよね、私も好きです」


 共感し合えたみたいだ。


「イルカショーはどうでした?」


「感動しました。けど、水で服がびしょびしょになっちゃって……。それをゆーくんがタオルで拭いてくれました」


「……!」


(タオルで拭く!? それでもまだ付き合ってないの? にしても、祐介様優しい。もっと好きになっちゃう)


「そんなハプニングがあったんですね。祐介様、優しいです」


「……そ、そんな事ないよ」


 祐介は照れた顔をする。


「それからはお土産買って帰りました」


「お土産というのは例のイルカのストラップ?」


「はい。それとペンギンの大きなぬいぐるみも買いました。私の家にあります」


「そうなんですね」


「あ! あと、最後にお土産を持ってまた水族館の前で記念写真を撮りました」


「あの日は夕焼けがとっても綺麗だったよな。それだけは鮮明に覚えてる」


「ね! 綺麗だったよね」


 夕焼けをバックに写真を撮ったのだ。それはもう、輝かしい思い出で――。一生忘れられない経験となった。


「祐介様、晴れていて夕焼けが綺麗な日に行きましょうか」


「え、ああ」


 まだ神崎の考えてる事が彼には分からない。


(加奈との思い出を上書きしようとしてる?)


 そこまでは分かっても、理由が分からない。思い出を聞いて、メモする事自体も謎だ。


「それで思い出話はおしまいですか?」


「はい」


 加奈は疲れた顔をしている。三十分以上話したから、それが普通だ。


「あ! 当時の写真持ってるけど、見るか?」


「見たいです! 何で先にそれを仰ってくれなかったんですか? 見たいに決まってます!」


 これは神崎史上、最高のプレゼントであった。彼女は早口になっている。そして祐介を急かしている。


 祐介は鍵付きの引き出しから、水族館の写真だけ取り出して、戻ってきた。


 三人で写真を覗く。


「わ~めっちゃ可愛いです! 加奈さんも。あどけなさが残っていますね」


 神崎はルンルン気分で他二人は恥ずかしがっている。


「他には無いんですか?」


「無い」


 写真は到着した時に撮ったモノと最後に撮ったモノの二枚しかなかった。


 ふと、神崎は気づく。

 よく見ると祐介がいつも神崎に見せる笑顔じゃない笑顔で笑っていた。曇りのない、眩しくて、心から笑っている笑顔。これが彼の本当の笑顔だ。だから、いつも見せているのは偽りの笑顔。

 そう思うと何だか虚しくなってきた。神崎は落ち込む。


「どうした? 神崎」


「いえ、何でもないです。もう写真、充分です」


「分かった」


 そして、帰る時間となった。


「祐介様と加奈さん。連絡先交換してもいいですよ。もうブロックなんて、絶対しませんので」


「「もう、したよ」」


 いつ、そんな隙があっただろうか。仕事の早さに神崎は驚く。


「俺、二人を駅まで送ってくるから」


「承知しました、祐介様」


 バタン、と玄関が閉まる。



 中途では神崎への陰口合戦が始まっていた。


「あのメイドおかしいよ」


「確かに加奈を見る目が怖かったよな」


「あれ? 仲直りしたんじゃなかったのか?」


「仲直り? したっけ? 和解はしたけど。チケットあげたら、機嫌良くなったよ」


(まあそれならそれでいいや。つーか、加奈もなかなか性格悪いな)


「絶対、別のメイドに変えたほうがいいよ」


「悪いがそれは出来ないようになっている」


「何で?」


「何でもだ」


「あとさー神崎さん、絶対ゆーくんのこと、好きだよね」


 途端、祐介の顔が赤くなる。


「で、ゆーくんの方は好きなの? どうなの?」


「んー、もっと関係を深めて好きになれたらいいな、と思ってる」


「どういう返し!?」


「あのな、加奈は好きか、好きじゃないか、聞いてんの。それ以外の回答は認めん」


 何故、健一がリーダー的立ち位置になっているのか、分からない。


「じゃあ、内緒」


「ずるい!」


「認めん」


 仲睦まじく、歩く三人。加奈は少し怖い思いもしたけど、みんな口を揃えて「楽しかった」、「また来たい」と言っていた。それで良し。


 今日の夕焼けも綺麗だった。

 けれど、手を振って別れる時、祐介は昔のようには笑えなかった。心にぽっかり穴が開いているのだ。彼の時間は両親を失ったから止まっていた――。

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