第21話 メイド、招く


 朝。私服に着替えた祐介は神崎と朝食を食べていた。


 二人とも浮かない様子。


 祐介は神崎に「加奈の連絡先、ブロックしたよな? そういうの、マジでやめてくれ」などと分かりきった事は言わない。


 代わりに「加奈を傷つけるような事はやめてほしい」とだけお願いした。


 彼女はコクリと頷くだけ。

 でも、睨んでいる。


「流石に加奈への嫌がらせが酷くなるようだったら、契約解除も考える」


 それを聞いて、神崎の肩がビクッと跳ねた。

 彼女は急いで録音テープを再生する。


『絶対、俺は君を契約解除しないから』


 確かに祐介の声だった。神崎は契約解除されそうになったら、決まってこの音声を盾にする気だ。いじらしい。


「祐介様はこの音声でも分かるように、先日わたくしと契約解除はしない、とお約束しました。ですので、祐介様は契約解除が出来ないのです」


「……」


 あまりの徹底ぶりにドン引きする祐介。


 それなら――


「そうだ! 君が加奈を苛めるなら、俺は君のこと、嫌いになるし、口利かない」


 口利かない、は我慢出来たらしい。けど、「嫌い」というセリフはスルー出来なかったようだ。


「き、きら……」


 両手で顔を覆って、くずおれる神崎。そして嗚咽する。


「加奈さんに優しくしますので……ぐすん。どうかわたくしのことを嫌いにならないで下さい」

「わたくし、本当に祐介様に嫌われたら死んでしまいます……」


「嫌い」というワードは効いたようだ。もしかしなくとも、禁句なのかもしれない。


「分かった。嫌いにならないから、ひとまず安心してくれ」

「それと俺が加奈達を駅まで迎えに行った方がいいんだよな?」


「わたくしも行きます」


「いや、君は準備とかで忙しいだろ」


「そ、そうですね」


 諦めた様子の神崎。

 彼女にはしなきゃいけない事がある。昼食の準備、フロアの掃除、スリッパの用意やお茶や茶菓子の準備など。

 色々と忙しいのだ。それを彼が手伝うのは許されない。


 祐介は朝食を食べ終わると家を出た。その時、神崎は盗聴器を付けなかった。忘れたんじゃない。敢えてだ。



 祐介は駅に着くと、健一にLINEを送った。


『どこら辺にいる?』


『左側の柱の前』


 左ら辺を目で追うと、白いワンピースを着た加奈を発見。その隣に祐介と同じような服装の健一が佇んでいた。


 手を振ると振り返してくれた。


「遅いよー。でもこうやって迎えに来てくれる所は優しいよね」


 そもそも約束の時間を決めていないので、遅くはない。加奈のジョークだ。


 加奈は言いつつ、彼に抱きつこうとして、やめた――

 いつもなら、遠慮なくハグくらいするのに。


「ご、ごめんね! 高校生にもなってハグだなんて、はしたないよね。しかも異性なのに。気をつけよ」


 加奈の様子がおかしい。


「で、何で佐々木は加奈の連絡先ブロックしたんだ?」


「ブロックしたのはじゃないよ。――神崎さんだよ」


「神崎、さん!? え、めっちゃ良い人そうなのに。美人だし、スタイルも良くて……礼儀正しくて……」


にはツッコまないんだ……)


「ひょっとして、神崎さん狙ってたの? 健ちゃん」


「え、別に。そんなこと、ねーよ」


 健一の顔が赤い。図星だったようだ。

 健一は神崎がタイプという事が分かった。


「やめたほうがいいぞ。神崎だけは」


「相当やばい人なのか?」


「やばいっていうか、愛が重い。健一には耐えられないと思う」


「それで何で愛が重いのが加奈の連絡先ブロックする理由になるんだよ」


「多分俺を独占したかったんじゃねーの?」


「じゃあ、俺の連絡先もブロックすりゃあ良かったじゃん」


「それは男だからだよ」


 健一は頭にはてなを浮かべている。

 ヤンデレへの理解が薄い。言うて、祐介もそこまでヤンデレに詳しくない。ただ、神崎と暮らすに連れ、段々理解が深まっただけだ。


 喋ってる内に祐介の家に着いてしまった。

 果たして、神崎はどのようなお出迎えをするのだろうか。息を呑んでドアを開けると――。


「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様。大変長らくお待ちしておりました」


 紫色のメイド服を着た神崎はペコリと深く頭を下げた。


「今日は紫か。可愛いな」


 こまめに彼女の機嫌を取らないとやってられない。そういえば、さっきまではピンクだった。彼が家を出た後、着替えたのだろう。


「ありがとうございます、祐介様。そう言って頂けて元気が出ます」


「俺もとっても似合ってて、可愛いと思い――ます……」


 どんどん後半になるにつれ、彼の言葉は尻すぼみになっていく。その理由は神崎の顔がゴキブリを見るかのような顔になっているからだ。鳥肌が立ち、神崎は自分の身体を抱えている。


(わたくしに可愛い、と言っていいのは祐介様だけです。健一くんは変態です。キモいです。そんな目でわたくしを見ないで下さい)


「ありがとうございます、健一くん。お気持ちだけ……」


 一応、建前上の礼は言う。けれど、彼女の瞳は笑っていなかった。


 加奈も挨拶する。


「いつも祐介くんがお世話になっています。今日はよろしくお願いします」


(さっきから気になっていたけど、何で祐介くん、なんだろう……変な感じ)


 神崎相手だから、それが礼儀なのかもしれない。でも、だったら何故さっき祐介のことをそう呼んだのだろう。三人だったから、何も問題無いのに。


 やっぱり加奈の様子がおかしい。


「こちらこそ」


 神崎は笑ってない笑顔で応対する。


 祐介含め三人は用意されたスリッパを履き、家の中へと上がる。


 掃除された、綺麗でピカピカな家内を見て、二人は感動を覚える。


「メイドがいるだけでこんなにも違うんだね」


「それって遠回しに俺をディスってない?」


 確かに家事能力ゼロの祐介を加奈は遠回しにディスってる。無自覚に。


「ごめん。ディスるつもりなかった」


 それから三人はお茶と茶菓子をもてなされた。本題に入る為だ。


 神崎は箱の中に入った、壊れたイルカのストラップを皆に見せる。


 それを見た加奈はハッと驚いた顔をしたのち、無表情になった。健一はただ静かに見ているだけ。


「まず始めに加奈さんが祐介様にあげた、ストラップを壊してしまって、すみませんでした」


 加奈は俯きながら、こう宣う。


「いいですよ。私はそこまで気にしていません。謝るなら祐介くんに謝って下さい」


(もっとダメージ与えられると思ったのに……)


 予想外の彼女の冷静さに神崎は呆気にとられる。


 そして、あろうことか加奈は仕掛けてきた。


「神崎さんはそのストラップをしまったのですか? それともしまったのですか?」


「壊れてしまったんです」


「左様ですか」


 加奈はまだ疑っている。


「それにそれ、壊れたのなら捨てたらいいのではないですか? 何故わざわざ取っておいて、私や健一くんに見せる必要があるんですか?」


(それはあなたにトラウマを与える為よ!!)


「一応、壊れた証拠として必要かと。捨ててもよろしいのですか?」


「いいです」


「祐介様は?」


「えー、うーん」


 悩んでいる。でも、加奈たちに説得されて彼も頷いた。


「それではお昼ご飯にしましょうか」


 時刻は11時半過ぎ。

 これから遊ぶ事も視野に入れておくと、作り始めは早いほうが良いだろう。


「加奈さん、強制はしませんが、料理手伝ってもらえませんか?」


「分かりましたっ!」


 ここにも彼女の思惑があった。


(何で俺は絶対に手伝っちゃダメで加奈は手伝っていいんだ? 違いは何? 謎)


 まだまだヤンデレへの理解が薄い祐介だった。








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