第22話 メイド、料理対決する


 加奈は料理を手伝う為に別室へと移動した。用意されたエプロンに着替える。でも、物凄く地味だ。けど、神崎に「他の無いんですか?」とは聞きづらい。


 そのままキッチンに向かう。


「今日の昼ご飯のメニューはバーニャカウダとステーキです」


「はい」


 何故か今の神崎は機嫌が良い。何か楽しい策略でもあるのだろう。


「わたくしがステーキを切っておきましたので、それを加奈さんは焼いて下さい」


「……?」


 彼女は疑問に思った。何故なにゆえフライパンが二つ? 包丁二つは分かる。皿が何枚もあるのも分かる。

 しかもフライパンが二つあるのに加え、用意された野菜も調味料も二つに分かれていた。


「やっとお気づきになりましたか。そう! あなたはわたくしと料理対決するのです。どちらが祐介様の嫁に相応しいか」


「は? 嫁?」


「バーニャカウダの作り方はご存知ですよね?」


(無視?)


「分かりません」


「そしたら、ご自分でスマホ等で調べて下さい」


 やはり加奈には冷たい。

 作った事ない初心者にそれは酷だろう。


「教えて下さらないんですか?」


「教えません」


「酷くないですか?」


 加奈は上目遣いで抗議する。今にも泣きそうな、そんな表情で。


(いつもそんな表情で祐介様に媚びてるの? 許さない)


「しょうがないですね。今回は特別に教えてあげます」


 ――ほんの二十分で料理は出来上がった。


 けれど食卓には奇妙な光景が広がっている。一人につき、バーニャカウダの皿が二皿、ステーキの皿が二皿用意されていた。一つの皿に統一させればいいのに。


 彼らは料理対決の話を聞かされていない。だから疑問に思うのは当然。


「何でこうなってるんだ?」


「二人にはどちらの皿のほうが美味しいか、感想を聞かせてもらいます」


(あーそういうことか)


 祐介はいち早く察した。


 健一はまだ状況を理解していない様子。


「さて、食べましょうか」


 手を合わせて食べ始める。


 正直、右の皿のほうが美味しかった。バーニャカウダは両皿殆ど同じ味だったが、やっぱり右のほうが美味しかった。

 バーニャカウダだけは野菜だけ一つの皿に纏められてて、ソースが二皿に分けられていた。きっとソースは個人個人で作ったのだろう。


「どちらの皿のほうが美味しかったですか?」


「右だな」


「俺も右」


「健一くんは左でいいんですよ?」


「?」


 加奈はしょぼん、とした顔をする。それにいち早く祐介は気づく。そしてフォローする。


「加奈のも美味しかったぞ」


「ありがと」


「祐介様、浮気はいけません」


「……」


 神崎に叱られた。理不尽。


「ということで、祐介様の嫁に相応しいのはわたくしですね!」


「だって神崎さん、プロだもん」


 加奈は悔しげな表情をする。


(……嫁?)


 健一は頭にはてなを浮かべる。無理もない。


 神崎の機嫌は良さそうだった。


 ここで彼女は食事中、吹き出しそうなくらいの爆弾を投下してきた。


「ぶっちゃけ、加奈さんは祐介様のことがお好きなんですか?」


(おいおい、爆弾投下してきたぞ、こいつ)


 そういえば、祐介も加奈から恋愛感情があるかどうか、なんて聞いた事がなかった。だから、祐介もドキドキする。


「祐介くんには微塵も恋愛感情を抱いていません」


「本人の前で言うか? 、それ」


 告白してないのにフラレた気分になった。しかもという所が更に胸にグサリと刺さる。祐介、玉砕。けど、いつもの加奈らしくて少し安心した。


 普通なら神崎の爆弾発言に動じる筈なのに、冷静でいられる、ということは本当に祐介に恋愛感情を抱いていないのだろう。


「では何故、祐介様のことが好きではないのに五年前『祐介様と二人きりで水族館に行きたい』と仰ったのですか?」


「それは……二人きりで行きたかったから」


「理由になっていません」


 神崎は加奈を鋭く睨む。凍てつくような冷たい視線。普段、祐介に向けるものと同じだ。加奈は泣きそうな顔になっている。「頑張れ、加奈!」と心の中で祐介は応援する。


「健ちゃ――健一くん、風邪だったし、『健一くんが行かないなら俺も行かない』って祐介くんが言ったから、『それなら二人で』って……」


「ご両親は? 加奈さんの親は毒親なんですか?」


(何で毒親って決めつけるんだろ……)


「違います。忙しくて来れなかっただけです」


「……別にいいじゃないですか。友達二人で出かけても。私はただ祐介くんと夏休みの楽しい思い出を作りたかった。ただそれだけなんです。下心など微塵もありません」


「わたくしは小学生二人で出かけるのは危険だと心配しているのです」


「でも無事に帰ってこれました」


「それは結果論です」


「――核心をつくかもしれませんが、神崎さんは祐介くんと私が二人きりで出掛けた事に嫉妬してるだけでしょう?」


 神崎の眉がピクッと動く。少しだけ彼女は取り乱している。


「別に。そんなことありません。それより、ピンクのイルカのストラップは持ってきましたか?」


「はい」


(あ、持ってきちゃったんだ……壊されるかもしれないのに)


「ありがとうございます」


「神崎さん、来て下さい」


「えっ?」


「神崎さんとはもう少し話がしたいので。ここで喧嘩していても仕方がないでしょう?」


「奇遇ですね。わたくしも加奈さんに問い詰めたい事が山ほどあります」


(問い詰めたいって……)


 神崎と加奈は食事中なのに、二人で話したい事があるからと別室に移動した。


 祐介と健一も、加奈にもしもの事が無いように二人の後をついていった。


(何事も無ければいいけど……)


 祐介はただ祈る。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る