第20話 メイド、ブロックする


 神崎は密かに気になっていた。祐介のLINEの友達リストに女がいないか、どうか。今、リアルタイムで彼が女の子とやり取りしていると思っただけで虫酸が走る。


 けれども、彼からスマホを借りる機会が無いと、確認のしようがない。神崎はそこで良い方法を思いついた。



「幼馴染達、土曜日に来る事になったから」


 そう彼から告げられた。


「来る日、明日ですね」


 客を招くには色々と準備をしなければいけない。祐介の手を煩わせてはいけない、と神崎は一人でやるつもりだった。祐介が少しでも手伝ったら、神崎の負けだ。


 祐介にとっては少し楽しみでもあった。両親が亡くなってからは、一度も家に招いた事がなかったから。自暴自棄になって、床に足場も無いのに呼べる筈が無い。


 彼が風呂に入っている間に一応彼のスマホを弄ってみた。けれど、ロックが掛かっていて開けなかった。生年月日、祐介が好きなキャラの誕生日、1234、色々試してみた。けどダメだった。


 ヤンデレの彼女にも祐介のことで分からない事があるのか、と思うかもしれないが、それだけ祐介のガードが固いということだ。


「やっぱりダメか……」


 そうなると、あの方法しかない。


 因みにスタート画面は夜空の景色だった。これが二次元の女の子のイラストとかだったら、スマホを叩き割るところだった。危ない、危ない。



 祐介が風呂から出てきた。

 ローテーブルには変わらず、あの壊れたストラップが。


「もう捨てないか? 壊れたんだし」


「ダメです」


 頑なに拒否する神崎。

 加奈にトラウマを与える為には、このままの壊れたストラップが必要だった。


「それより、調べ物をしたいのでスマホを貸して頂けませんか?」


「調べ、物……?」


 彼は怪訝そうに彼女を見つめる。


 そういえば、神崎がスマホを手にしている所を一度も見た事がなかった。持っているとは思うが、仕事中弄ってはいけないのかもしれない。

 パソコンは生憎、壊れたパソコンしかない。


 貸すべきか悩む。


「何を調べたいんだ?」


「明日、バーニャカウダを作ろうと思いまして。作り方を忘れてしまったので、調べたいなって」


「分かった」


 祐介はスマホを操作し始める。


(ちょちょちょ、違うって! あまりにもガード固すぎだよ)


「バーニャカウダの作り方、出てきたぞ、神ざ――」


「わたくしに調べさせて下さい」


 神崎は祐介からスマホを奪い取る。


「まあいいけどさ」


 彼女には彼女なりの調べ方があるのかもしれない。


 神崎が調べている最中、祐介はスマホを覗き込む。


「ふえっ!」


 運良く(?)開いてた画面はクックパッドの料理動画だった。でも急に覗き込まれたから、びっくりして彼女は頓狂な声を上げてしまった。


「ごめん」


 そう謝罪すると、祐介はリビングを去った。


 これも彼なりの策略だった。

 少しくらい自由にさせてあげた方が良いと思ったからだ。写真フォルダもパスワードロック掛けてあるし。大丈夫だろう。……と一瞬思ってしまったが、ハッとある事に気づいた。LINE、やばい。時すでに遅し。神崎はもう消しかかっていた。


 ***


 彼がリビングを去ってから、勿論LINEの画面を開いていた。


(これはチャンス……!)


 神崎は心を躍らせる。でも、すぐ帰ってくるかもしれない。そう思った神崎は、すぐ戻せるようにクックパッドの画面も一応開いておいた。


 LINEの友達リストを見た神崎は絶句する。


(……175人!? 嘘でしょ。何でそんなにいるの?)


 彼はいつからLINEを始めたのだろうか。それにも因るが、祐介はTwitterやインスタはやってない、と言っていた。だからそれ経由の友達はいないはず。

 175人はどちらかと言えば、少ない気もするが、神崎にとっては多く感じたらしい。


「小学校や中学校の頃の祐介様はクラスの人気者だったのですね!」


 また作った明るい声で彼女は独りごちる。

 その声には嫉妬心をはらんでいる。わたくしが祐介様を独り占めしたいのに――という素直な願望が。


 さてさて、祐介の友達の数は置いといて。ここからは選別しなければならない。女は容赦なくブロックする。それが彼女のしたい事だった。


 まずは加奈を探す。

 ここはすぐに見つかった。上から三番目にあった。LINEのトークを見る限り、結構な頻度でやり取りをしているのが窺える。ブロックした事はすぐにバレるだろう。神崎は今加奈をブロックした。


 続いて、『母さん』というアドレスを見つけた。恐らく祐介の母だ。


 神崎は消さなかった――否、


 確かに女だけど。

 亡くなってやり取りが出来ないからじゃない。


 トークの、亡き後の母に送った祐介のメッセージが『ごめんね』だったから。


 亡くなった後なのに、彼は両親の連絡先を残しておいていた。


 切なすぎる。


 神崎も思わず涙を流していた。彼の母をブロックしたら、きっと後々罪悪感に苛まれるに違いない、と思った。だから、ブロックしない。


 調べてみた所、祐介の友達リストは9割男性だった。ゲーム友達、学校の友達、幼馴染、小中学校の頃の部活で知り合った仲間etc。


 もう女はいないだろう、と思いながら最終確認の為、スクロールすると――。


 下のほうにアイコンが美人な女性のアドレスが一つ、あった。茶髪で髪はウェーブで、お姉さん系。祐介よりも多分年上だ。


 宛名は『細井ほそいさん』。

 プロフィール背景画像は喫茶店の外観。喫茶店で働いているのか、喫茶店が好きな常連なのか。そこまでは分からない。


 トークを見る限り、女で確定。


 いざ、ブロックボタンを押そうとしたら――


「神崎、スマホ返せ」


 ――祐介が来てしまった。慌ててLINEを閉じて、すぐさまクックパッド画面に戻す。


「お陰で良い調べ物が出来ました。ありがとうございました」


 祐介は神崎からスマホを受け取る。


 嫌な予感しかしない中、祐介は自室に向かう。


 まだ寝るのには早い時間。20時過ぎ。


 神崎は思う。


(細井って誰なの?)


 しかもトークの最新メッセージには『今週、会える?』となっていた。祐介はそれに既読無視していた。


 出会い厨だったら尚更、ブロックしておけば良かった、と彼女は深く後悔する。


(会ったら絶対殺してやる……!)


 ***


 俺はすぐさまLINEの友達リストを確認した。


 175→174に減っていた。


 ……やっぱり。


 加奈のアドレスだけ無かった。代わりにブロックリストに入っている。


 それ以外は大丈夫そうだった。


 細井さんとか消されるかと思ったけど、無事だったんだな。母さん残してくれたのは普通に優しい。


 ブロックしたら再登録しなきゃいけないんだよな。明日すればいいかな。けど、また同じ事が起きたら――。


 俺、絶対嫌われたよな。加奈に。


 急いで健一にLINEを送る。


『間違えて加奈の連絡先、ブロックしちゃったんだけど、どうすればいい?』


『加奈、泣いてるぞ。ふざけるな』


『ええぇ、ごめん。泣いてる!?』


『泣いてるは冗談だけど。間違えて「消す」なら分かるけど、「ブロック」って……喧嘩でもしたのか?』


『喧嘩はしてない』


 俺だって明日のこととかで連絡沢山取りたかったのに。不便だ。


『とりま、加奈から電話掛かってくると思うから、出てあげて。じゃあな』


 電話!? 急いでリビングに向かう。


 何を言われるんだろうか。絶縁とか持ちかけられるのだろうか。不安と焦りと恐怖と申し訳無さで俺の心は破裂しそうだった。


 ***


 リビングに向かうと話し声が聞こえてきた。――神崎だ。


「それはあなたが祐介様に嫌われるような言動をしたからでは?」


 しかも何やら辛辣な事を言っている。


 そして、神崎と祐介の目がぱっちりと合った。


「あ、いま丁度祐介様来ました。代わりますね」


 神崎から受話器を受け取る。


「もしもし、加奈?」


『もしもし?』


 その声は怒りを含んでいた。滅茶苦茶、早口になっている。


 加奈は泣いてるんじゃない。

 加奈は怒っているんだ。


 昔の加奈だったら、泣いていたと思うが。


「間違えて連絡先、ブロックしてごめん。俺が悪いんだ」


『ゆーくんがそんな事、するはずないよね?』


 語気を強めて彼女はそう言った。


「へっ?」


『私はゆーくんを信じてる。悪いのはきっと神崎さんだよ』


 ここまで信頼してくれる幼馴染がいる事に嬉しさを覚えた。


「神崎は悪くない。俺がスマホを貸したから……だから、悪いのは俺」


『スマホを貸した!?』


「あ、それはこっちの話。何でも無い」


『取り敢えず、明日再登録すればいいよね。神崎さんには気をつけてね』


「ああ」


『にしても、明日行く気失せたんだけど。もー嫌になっちゃう』


 加奈の機嫌が戻ったようで、ひとまず安堵する。


「またな」と言い、電話を切ろうとしたその時――


「待って下さい。最後にわたくしに代わって下さい」と話足りなかったのか、神崎が言ってきた。


 祐介は受話器を渡すと自室へと戻っていった。


(明日、楽しみだけど不安だな……)


 ***


「祐介様のことをゆーくん、と呼ばないで下さい。耳障りです」


『はい。それではどう呼べばいいですか?』


「祐介くん、か佐々木くん、のどちらかにして下さい」


『分かりました』


「呼称を変えなかったら、どうなるか知りませんよ?」


 加奈は少しばかり恐怖を抱いているが、冷静だ。物事の本質を見抜いている。


 お互い「おやすみ」を言い合って、電話は終了した。







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