第2話 祖父、夢枕に立つ

私の父方の祖父は傷痍軍人だった。戦争で片足を撃たれたのだと、片足を常に引きずって歩いていた。

私は気づかなかったが、祖母とはあまり仲が良くなくて、祖母と寝室を分けていた。

晩酌にコップ一杯、日本酒を当時は珍しかった電子レンジで温めて飲むのが好きで、酔うと戦争の話をするので、祖母が不快な顔をしていたのを覚えている。

祖父は家事が得意で、いつも美味しい料理を振る舞ってくれた。飼っていた犬の世話も祖父の仕事だった。

私をお風呂に入れるのも祖父の役目だった。タオルで空気を膨らませて湯船に泡を立てたり、水泳の練習だと言って、浴槽の手すりをつかんで、バタ足の練習をさせてくれた。

小学生になって、泳ぎは遅かったけれど、水泳部に入ったのは祖父のおかげだと思う。お礼を言ったことが一度もなかった。ごめんなさい。本当にありがとう、お祖父ちゃん。


そんな祖父が亡くなった時は、本当は葬儀に駆けつけたかったのだが、息子がまだ幼く、遠方に嫁いだ身で子連れ帰省は難しく、両親にも止められて、断念した。


祖父が夢に出てくるようになったのはそれからだ。

私は知らなかったのだが、祖父が亡くなって、法事が一段落ついた後、祖母は介護から解放されたからか、毎日、遊び歩いていたらしい。


ある晩、夢を見た。

祖父が寝室代わりにしていて、今は祖父の仏間になっている和室に、祖父が最後に飼った愛犬を連れて、しきりに祖母の名前を呼び、「どこや?」と探しているという夢だった。


両親に電話して、夢の内容を話したところ、「お祖母ちゃん、出かけてばかりいるからだ」とそろって言われた。

祖母に電話をかけて、祖父が探していることを話した。出かける時は仏壇に「いってきます」、帰宅したら「ただいま」と一声、必ず挨拶して欲しいと祖母に頼んだ。

それを祖母が実行したかどうかは知らない。


次は父が祖父母から受け継いだ自営業の店を手放した時だった。

ある晩の夢に祖父が現れ、父が手放した店の前に立って、父の名を呼び、困ったように「どこへ行ったんかのう?」と私に尋ねた。答える前に目が覚めてしまった。

父は「俺の夢に出て来てくれたら良かったのに」としきりに残念がっていた。


ここまでなら、単なる偶然と言えるだろう。ところが、三度目があったのだ。

私はちょうど娘を妊娠中だった。余談だが、娘は「女の子じゃないかなあ?」と産婦人科医に言われながらも、産まれるまで性別の分からない胎児だった。

ある晩、祖父が夢に現れた。私はその姿に仰天した。仙人のようなザンバラの長い白髪を垂らした姿だったからだ。禿げてはいなかったが、生前の祖父は薄い髪の毛だった。

そして祖父は言った。

「遠いところへ行かなければならなくなったから、もうここには来られん」

少し残念そうに見えたが、祖父はそのまま去ってしまい、夢から覚めた。


数ヶ月後、産まれたばかりの娘を初めて抱いて、私は祖父が最後に現れた夢を、即座に思い出した。

産まれたばかりの娘は黒々とした髪の毛がふさふさに長かったのだ。


それ以降、祖父の夢を見たことはない。

祖父は娘の守り神(?)になるために、遠くへいってくれたのだと、私は信じている。







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