第1話 器用貧乏の少年

 勉強に運動、音楽や美術などの芸術など。

 現代には、そんな中でもたった1つ、他者を寄せ付けない"才能"を持つ少年少女たちがいる。

 しかし、一方で、そんな少年少女には及ばないもののあらゆることに秀でた少年がいる。その少年は他者を寄せ付けない才能を持った少年少女たちの周りに生まれ、常に比べられ。いつしか、こう呼ばれるようになっていた。


 ――器用貧乏、と。


♢♢♢♢♢♢


神影みかげー! 遊ぼうぜー!」


 家の中にいる自分に向かって、外から大声で話しかけているのは、生まれたときからの知り合いで、今もずっと友達である泉田せんだ周斗しゅうとである。

 閉め切っていたカーテンを開き、窓を開ける。周斗の手にはサッカーボールが握られており、僕をサッカーに誘いに来たのだろう。


「ちょっと待ってて。準備したらいく」


 窓から身を乗り出し、周斗にそう伝える。

 勉強も区切りがいいところだし、息抜きにはちょうどいいだろうという判断だ。

 今は部屋着のままなので、運動のできる服へと着替て簡単な荷物を持ち、リビングにいた父に


「周斗とサッカー行ってくる」


 と言い、家を飛び出した。


「へへっ、やっぱりお前は来ると思ったぜ」


 いつも使っている近所のグラウンドへと向かう途中、そんなことを言ってきた。いつもならそんなことは言わず、学校がどうだったとかサッカーの練習がーとかの話をするのに。


「どうかした? なにかあるの?」

「うげっ……やっぱバレるか……」


 周斗は、何か特別な話があるときの導入が下手くそなのだ。実際、それは当たっていたようで、首を傾げてなぜわかった、みたいな顔をしている。


「――神影はさ、BSOって知ってるか?」


 BSO。Braid Sorcerer Onlineの略称だ。今度新たに発売されるフルダイヴ型VRMMORPGらしい。最近テレビとか街中でよく宣伝してるから一応知ってはいる。けど、今なんでその話題が?


「神影もさ、俺たちと一緒にBSO、やろうぜ」


 驚きの表情を浮かべる僕に対し、そのまま続ける。


「神影は……さ、その、俺たちから見ても頑張りすぎてるんだよ。勉強に、スポーツに、音楽に……って、なんでも。息抜きにちょっとだけでもいいからさ、やろうぜ。BSO」

「……ちょっとだけ、考えさせて」


 その後は、沈黙が続いた。グラウンドに着いてからは普通にみんなとサッカーをしていたが、心の奥底には周斗の言葉が残っていた。

 周斗は僕のことを頑張りすぎていると言ったが、それでも僕はなに一つでさえみんなよりも勝っているところがない。なのにゲームなんてしてもいいのだろうか。みんなに負けないようにもっともっと努力するべきではないのか? そう思ってしまう。

 僕はその日、もやもやとした思いを抱えながら家へと帰った。


 家に帰ると、ちょうどお母さんは出かけていたみたいだ。スマホを確認すると、買い忘れたものがあるから急いで買い物に行っているとのこと。それで今家にいるのは僕とお父さんのみである。


「あー……神影、ちょっといいか」


 お父さんに呼ばれ、返事をしながら駆け寄る。何事かと思っていると、お父さんは一枚の紙を取り出した。その紙に書かれていたのは、BSOのソフトとそれを遊ぶためのヘッドギアセットの優先販売券だった。


「ど、どうしたのこれ!?」

「あ、あぁ……いや、ちょっと同僚が色々応募してたんだが、多めに当たったみたいでな。息子さんがいるならどうぞ、ってもらったんだよ。」


 経緯を説明したあと、お父さんはさらに言葉を紡いでいく。


「……お前、最近休めてないだろ? お前のことは母さんにまかせっきりだったからそこまで口を出そうとは思ってなかったんだが、あまりにも張りつめてるからな。まあ、受け取るだけ受け取ってくれ」


 母さんが帰ってくる前に早く、と優先販売券を僕の手に握らせる。僕は、言われるがままに券をポケットの中へしまう。そうこうしたうちに玄関の方からガチャリという音が鳴った。


「ただいま~」

「「おかえり」」


♢♢♢♢♢♢


「BSO、か……」


 僕は、夕食のあと自室に戻ってお父さんから貰った優先販売券について少し考えていた。

 まったく同じ日に、周斗からもBSOに誘われたのも偶然なんだろうか……運命というものがあるとするならば、これこそが僕に課された運命だということなのか?


「……やって、みようかな」


 お父さんは基本、僕のすることに関してなにか口を出すことはあまりない。だからといって仲が悪いわけではないけれど。

 と、そんなお父さんが息抜きにとなにかを渡すというのは非常に珍しい。そして、周斗の誘い。あとは……手に入れられない人がいるのに、持ってる僕がやらないというのはなにかこう……悪いなという気持ちになる。

 その珍しさと友の誘い、あとはほんの少しの罪悪感から、プレイすることを決めたのだった。


♢♢♢♢♢♢

発売日当日


 僕は、朝早くから優先販売券の対象となる店舗へと足を運んでいた。そこには、BSOを求めて早朝、いやもっと早くから並んでいるであろう人の姿が目に映った。

 なんだかこの列を全部すっ飛ばして前へいくのは申し訳ない気がしてくるが、こんな朝早くから何かを求めてやってくるというのは初めての体験なのでなんだか心が踊っている気がする。


「お買い上げありがとうございました〜またのご来店をお待ちしております!」


 店員の元気な声に見送られ、店舗を後にする。手には、紙袋が1つ握られていた。

 僕はすぐに周斗へとメッセージを送る。


『僕もBSO買ったよ』


 数秒後には既読がつき、返信が来る。


『本当か!? よっしゃあ! じゃあ一緒にやろうぜ!!!』


 周斗は全国トップクラス。いや、世界でもトップレベルのサッカープレイヤーだ。手に入れる算段はついていたのだろう。あとヘッドギアは……この前、練習で使うからって見せられた覚えがある。誘った時点で周斗自体はプレイする環境はあったのだと確信していた。


 BSOのリリースは明日の日付の変わる午前0時。それに間に合うように色々終わらせておかないと。まずは……勉強からしようかな。


♢♢♢♢♢♢


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