第40話「インスター・ウォーズ! 前編」



 園芸部の部室でインスタをダウンロードした、その夜。


 寮の自室奥にある2人掛けの白い丸テーブルに対面で座り、あたしと七瀬は互いにスマホをいじっていた。


「さて……どうするかな」


 実はさっき学校で金髪からクソ生意気にも提案があったのだ。

 それは



『どうせなら1週間で誰が一番フォロワーを増やせるか勝負しませんこと? 最下位はなんらかの罰ゲーム、というのはどうでしょう?』



 という提案だ。


 勝負事に燃えるタイプのあたしは異論なくその誘いを引き受けた。七瀬と琴音も運動以外なら良いと思っているのか、罰ゲームがあっても金髪の提案には積極的だった。


 そういう訳で負けられない戦いが始まっているんだが。


「どうっすかなぁ〜〜」


 アカウントの設定が完了してからと言うもの、あたしは何をどうすれば良いかがいまいち分からず手をこまねいていた。


 七瀬は百合の漫画本の表紙を撮影し、何やら必死にスマホで文章を打ち込んでいる。おそらくはこの百合漫画の紹介文でも書いているのだろう。


 まぁ、そのうち投稿されるだろうからそっちで見るか。


 あたしはインスタのアカウント画面に視線を戻す。


 あたしのアカウントだ。

 アイコンはさっき帰り道で撮ったカラス。名前は『神田ミズキ』。フォロー数は3。あたしがフォローしているのは琴音、七瀬、金髪だ。フォロワー数も同じく3。


 あたしはフォロワー欄をタップする。

 そこには知った奴ら三人のアカウントが。


 ちなみに金髪の野郎は今回を機に新しくアカウントを作っていた。

 公正な勝負のためだ。


 ちなみに金髪が作った新アカウントは。

 アイコンが自分を背中側から撮った白黒写真(髪型も下ろしていて、誰が見てもそれが金髪であるとは分からないだろう)。名前は『天宮』となっていた。


 まぁあいつも知名度隠しての勝負だから公平ではあるな。


 なんて考えていると一通の通知が届いた。


 どうやら琴音が投稿をしたらしい。


 琴音の初投稿か。

 さてさてどんなものか。


 琴音が投稿していたのは異形なモンスターの画像だった。

 写真には説明とハッシュタグ(この辺りのやり方は金髪が丁寧に教えてくれた)もしっかりと書いていた。



『獲物を喰らうベヒーモスのイラストを描いてみました。可愛く描けたと思います

 #ベヒーモス #かわいい #悪魔 #怪物 #モンスター』



 みたいな感じで。

 いやクセ強すぎだろマジで。


 これをあの琴音がマジで投稿してるって思うとほんと衝撃だわ。


 マジで何この化け物のイラスト。

 怖いっていうかキモいっていうかえぐいっていうか……。

 よくこれをかわいいって言えるよな。


 センスが独特すぎてビビる。


 と速攻で一件のいいねが付いた。


 もちろん金髪だ。

 金髪はコメントも送っていた。


『なんて芸術的で素晴らしいイラスト! 琴音様は本当に美的感覚に優れているのですね!! すごく良いイラストです!!』


 いや、コメントの中身が全然ない。

 金髪の野郎、こういう系のグロい怪物とか苦手だろうし。


 良いイラスト、って褒め言葉。ふわっとしすぎだからな。


 だが……面白い。

 金髪の気色悪さも相当滑稽だが、琴音のプライベートを垣間見れる、友人の知る由もないプライベートをこんな風に知ることができるのだ。


 あいつ、こんな時間にこんな絵を描いてるのか。

 この投稿は琴音のライフスタイルと性格の組み合わせの表現だな。


 やべぇな。

 なんかインスタを常にチェックしたり、見てる奴の気持ちが分かった気がする。 


 あたしも投稿してみてぇな。


 無性に沸いた好奇心に駆られてしまい、あたしは被写対象を探した。

 目に留まったのは机の上に置かれたペットボトル。


 さっき学校内の自動販売機で買ったリンゴジュース(500円というクソ高価格)だ。


 まぁ、これでいいか。


 あたしはそのリンゴジュースを写真に撮って、金髪に教わったように、投稿のための文章やハッシュタグを着けていく。


『これおいしい

 #りんごジュース』


 よし、完璧。

 これで投稿っと。


 あたしが投稿ボタンを押した十数秒後。


 いいねが2件ついた。


 琴音と金髪だ。

 あいつらも今インスタいじってんな。



 次に投稿したのは金髪だ。

 あいつはどんな投稿だろうか。


 金髪の投稿はオシャレな服を着た女性の写真。

 文章は



『今日の夏先取りコーデ

 GUの新作のTシャツが通気性・デザイン性抜群でおすすめ。デザインも4種あります。

 下はデニムパンツで合わせてみました。シンプルなコーデを引き締める為に、一点アクセサリーを着けるのも忘れずに。

 #outfit #ootd #Tシャツ #デニムパンツ #GU新作 #ブレスレット #clair』



 というものだった。


「すっっっごぉ…………」


 それはフォロワー数160万人の風格をさめざめと見せつけてくるような、あまりにも完璧すぎるインスタオシャレ投稿だった。


 こいつ本当ハイスペック過ぎるだろ……。

 やべぇぞこれは……あたしの投稿とレベルが違い過ぎる!!!


 な、七瀬は……?

 お前は一般ピーポーだよな……?


 あたしは縋るような気持ちで七瀬の方に視線を向ける。

 すると


「うわぁ〜〜〜〜!! このコメントめっちゃ分かる〜〜!! そうなんだよ!!『六畳一間』はサブヒロインにこそ魅力があるんだよ〜〜!!」


 めちゃくちゃ楽しんでいた。


 七瀬のアカウントを見ると、すでに集まってきた百合ファンたちがコメントを飛ばしており、七瀬もコメントを返して会話を楽しんでいた。


 フォロワー数は…………既に30に到達している。


 え、待って!!!

 フォロワー30!!!?


 こいつ普通にすごくね!!?


 あたしはスマホから顔を上げて、七瀬の方に視線を送った。

 七瀬は勝負のことを覚えているのか忘れているのか、ニヤケ面でスマホを触り続けている。


 フォロワー30人だとぉ……!!

 くそ、やべぇぞ! 

 琴音と金髪は……


 琴音のフォロワー数4。ちっ、謎の怪物に釣られた変わり者で1人増えたか!


 金髪はまだ3人だった。


 よしよし!

 金髪の野郎、イキってオシャレ投稿した割には誰からも反応されてねぇ!


 うぅ〜〜〜金髪にだけは負けたくねぇ!!

 もっともっと投稿だ!!


 あたしはインスタにのめり込んでいった。



 ※    ※  ※



 3日後。


 あたしと七瀬は学校を終えて寮までの帰り道を歩いていた。


「くっそ……どうしたら…………!!」

「ミズキちゃん……伸び悩んでるもんね……」


 あたしの落ち込んだ声に七瀬が言葉を返してくれる。

 そう、この3日であたしのフォロワーはなんと……1人しか増えていないのだ!!


 今のフォロワー数ランキングは



 1位 金髪  フォロワー157人

 2位 七瀬  フォロワー62人

 3位 琴音  フォロワー21人

 4位 あたし フォロワー4人



 まずい……非常にまずい!!!

 これではあたしが最下位確定だ!!


 罰ゲームも嫌だが……何より敗北感を味わうのが嫌過ぎる!

 あたしはてっぺんに立って雑魚どもを見下して爆笑してーんだよ!!

 

 くっ……どうしたら……!


「あ、ミズキちゃん、見て見て! 水たまりに虹が映ってる!」

「うお、まじだ。きれーだな」


 七瀬が指差す先にあるのは小さな水たまり。

 さっき一瞬雨降ってたもんな。そのやつだろう。


 あ、これとかインスタにあげたら良いんじゃね!


 あたしはスマホを取り出してその光景を写真に撮った。


「ちょっと投稿して良いか!?」

「え、う、うん……良いけど……」


 七瀬に断ってから、あたしはインスタを開いて文字を打ち込んでいく。

 そして水たまりの写真と共に投稿する。


『きれい

 #水たまり #虹』


「……よし!」

「……」

「待たせたな!」

「いや全然良いんだけどさ……」


 七瀬が自分のスマホを取り出して、その画面を見ていた。

 その表情は少し呆れたような感じだ。


 しかもあたしには七瀬の含みがある言い方が気になった。


「なんだ? 何か言いたいことでもあんのか?」

「いや……ミズキちゃんの投稿って、なんか独特だよね…………」

「……え、うそ」


 あたしは七瀬から言われた言葉に軽い衝撃を覚えた。


 ど、独特だと……いや普通だろ!

 みんなこんな感じだろうが!


「どこが独特なんだよ!! 別に普通だろ!」

「いや普通なんだけどね! なんだろう……でも普通はもっと可愛く見せようとか、文章こだわろうとか……他にもテーマ性とか、あると思うけど……ミズキちゃんって……ほんと何も考えてないよね、って……」


 ガーーーーン!!


 何も考えてない。

 あまりにも酷いその言葉にあたしは大きな衝撃を覚えた。


「……な、何も考えてないって……七瀬、おまえぇぇ……!」

「あぁあ! ごめんっ! えっとそういう意味じゃなくて……! あぅ、えっと……!」

「いやもう正直に思ってること全部言ってくれ!! このままじゃあたしは金髪に勝てねぇ!!!」

「え、うん……じゃあ、正直に言うけど、怒らないでね……?」

「もちろんだ!! これは成長のために必要なことだ!!」

「分かった……! えっとね」


 意を決した七瀬は大きく口を開いた。



「そもそもミズキちゃんの投稿ってよく分からなくて、あんなの投稿されたところでなにを思えば良いか分からないし、普通に写真撮るの下手くそだし、ハッシュタグ全然つけないし、文章も一言だけのあっさい感想だし、メモ帳に書いて数分後に捨てるレベルの文章っていう感じがして誰がフォローするんだろうってみんな思ってるだろうし、アイコンも特に思い入れもないだろう謎のカラスだからミズキちゃんの人柄が何にも見えないし、確かに個性的で面白いけどそれは嘲笑の対象っていうか、きっとフォローしてくれてる1人の人も珍獣を見つけたような気分でフォローしてると思うし、とりあえずどうでも良い投稿すぎて見向きするのもめんどいって言うのが実情じゃないかな」



「…………」

「あ、あの……ミズキちゃん……?」

「七瀬……っ」

「……っ! ミズキちゃん!! な、涙が……!」


 あたしの右頬を一筋の涙が流れていく。


「正直に言ってくれて、ありがどうな……ッッ!!」


 心に深い傷を負いながらも、涙を流しながらも謝罪するあたしに、なぜか七瀬も啜り泣き始めていた。


「うわぁぁぁああん!! ごべんねぇぇ!! ミズキちゃぁん……!! ひぐぅっ!!」


 にしても……あたしってそんなにセンスなかったのか……

 いや普通にショックだわ……


 でも確かに。

 金髪はファッション、琴音はグロい化け物、七瀬は百合、それぞれ何かに特化することで需要を満たしてフォロワー数を得ているのだ。


 あたしに特化してるもんは……喧嘩……。

 いやダメだ。この学校の校長にも聖アルの生徒としてそういう一面を見せるなって言われてる。


 くそ……どうすれば……。


 瞬間、あたしは思いついた。


 そうだ!

 あたしの側には自力でインスタを伸ばしてる奴がいる!


 あたしはラインを開いてメッセージを書き込んでいく。


 その相手は三沢カナだ。

 あいつはインスタのフォロワーが確か2万人だ。

 きっと良い方法を教えてくれる。


 あたしはカナにラインを飛ばした。

 するとすぐに返事が来る。


『ミズキ:インスタのフォロワーってどうすれば増やせるんだ?』

『カナ:え、なに。インスタ始めたの? 親の仇くらい憎んでたのに』

『ミズキ:多分別の奴と勘違いしてるな。それでどうすりゃ良い?』

『カナ:増やしたいの?』

『ミズキ:ああ。ダチとフォロワー数で勝負してんだよ。負けたら罰ゲーム』

『カナ:おけ。500人くらいだったら一瞬で増やせるけど、どうする?』

『ミズキ:は、まじ? 愛してるんだけど』

『カナ:私も愛してるよ。今度なんか埋め合わせお願いね☆』

『ミズキ:ろんもち』

『カナ:じゃあミズキのアカウント教えて』


 カナに言われてあたしは半信半疑ながらも自分のアカウントを送った。

 一瞬で500人って流石に無理だとは思うが……なにをする気だ?



 するとその夜。

 あたしのインスタフォロワーが550人にまで急増した。


 

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