第39話「園芸部にみんなが来た!」


「かなり育ってきたな!」

「だね〜〜もうすぐで咲くかな〜〜」


 あたしは花壇に生えている植物に水をやりながら、ハナチャンと言葉を交わしていた。


 芽が出る最初の瞬間こそ中間テストで逃してしまったが、それ以降、花が咲く瞬間だけはこの目で見たいと思い、真面目に毎日水やりをしている。


 正直、自分でも意外だったな。

 

 毎日水やりとかめんどくさがるタイプだと思ってたけど、なんやかんや愛着持って育てれてんな。


 やらされてるんじゃなく、じぶんでやってるからだろうか。


 芽はすっかりとその背丈を伸ばして、瑞々しい緑色の葉っぱを着けている。植物の先端に蕾のようなものが見える気がする。


 本当にもう少しで咲くかもしれねぇな。


 ちゃんと育つんだぞ。

 綺麗に、元気に咲かなかったらマジで承知しねぇからな。


「…………へぇ〜」

「……え、な、何!? なに見てんだよ!?」 


 気がつけばハナチャンが面白そうな顔であたしをじ〜っと見ていた。

 その含みのある表情は、少しあたしを見透かしているような感じだ。


「いや〜〜〜別にぃ……何もないよ〜〜〜〜」

「ぜってぇなんかあるだろ!! 吐きやがれ!!」


 あたしが詰め寄るもハナチャンは余裕ある笑みを浮かべるばかり。


「何もないよ〜〜〜〜ほんとだよ〜〜〜」

「ぐぅ……!」


 何かは分からん。

 分からないが……なんか恥ずかしい感じのことのような気がする!


「さぁ〜〜じゃあ私、お仕事だから〜〜…………もう行くね〜〜」

「逃げる気だな!」

「違うよ〜〜〜お仕事だよぉ〜〜……」

「ったく……分かったよ。足止めして悪かった。じゃあ、また明日だな」

「だね〜……気をつけて帰るんだよ〜〜〜」

「うい」


 ハナチャンはどうやら忙しい仕事があるようだ。


 あたしはその場でハナチャンを見送ってから、園芸部にジョウロなどを持って帰った。

 用具を所定の場所に片付けて、あたしは気を抜いたように椅子へと腰掛ける。


 落ち着きのある木造りのテーブルと椅子。至る所に観葉植物が置かれていた。

 漂うナチュラルな香りが、心を穏やかにしてくれる。


 ほんとリラックスできる空間だ。

 植物に囲まれるってのは、生物にとっちゃ重要なことなんだろう。


 まぁ、でもだろうな。

 だって人間が自然から離れたのなんざせいぜい数千年前とかか?

 それまで何万年、何十万年も大自然の中でマンモスとか倒して食ってたんだろ。


 本来、人間も自然に囲まれてるのが普通で当たり前の状態なんだろうな。

 

 リラックスしながら、そんな事を考えていると



 コンコンっ。



 扉がノックされる音が聞こえた。

 

 誰だ……?

 まさか入部希望者とか?


 まぁ誰でもいいか。

 話を聞けばわかるし。

 考えても答えはでねぇ。


「入っていいぞー」


 あたしが声を飛ばすと一拍置いて扉がガラガラと開いた。


 そこにいたのは。



「ミズキちゃーん。やっほー」


「ここがミズキさんの部室……素敵なところですね」


「まったくです! ですが、ゴリラ蛮族にはもったいなすぎる空間ですわね」



 あたしの目の前にいたのは見知った3人。

 七瀬、琴音、金髪がスクールバッグを持った状態で、部室の入り口から顔を覗かせていたのだ。


「え、なんでお前らが……」


 あたしが少し驚いていると七瀬が事情を説明してくれる。


「3人とも今日は時間があってね、教室でお喋りしてたんだけど……ミズキちゃんの部室に遊び行こーって話になって!」

「あー……そういう」


 けっこう成り行きで来やがったな。


 まぁ……でも。

 来てくれて嬉しいって思ってる自分がいるのも事実だ。


 あたしは少し本心を隠すように顔を逸らして


「まぁ荷物置いて座れよ。こっちのテーブルなら4人座れるから」


 3人に席へ着くように促した。


 スクールバッグを部室の隅にある長椅子に置いて、あたしら4人は机を囲うようにして席についた。


 それから3人が興味深そうに部室を眺め始める。


「すっごく綺麗だね! 香りも良いしなんか心が安らぐなぁ」

「観葉植物の手入れも良くされていますね。顧問は車谷先生ですよね?」

「ああ。この部室はハナチャンが全部手入れしてたんだよ」

「……にしても、あなたが園芸部とは今だに信じられませんわ」

「どーいう意味だそりゃ」

「文字通りですわ。粗暴な蛮族ですもの。こんな女子っぽい部活ではなく、てっきり蛮族部にでも入るのかと」

「失礼だなてめー!! あたしだって女子だぞ!」


 ほんとこいつは人をイラつかせる天才か?


 さすがは金髪だぜ。

 こんなに落ち着く空間の中でもあたしをイラつかせることができるとは。


 てか蛮族部ってなに!?

 

「んふふふ。相変わらずミズ×シズの絡みは良いな〜〜」

「はいっ、仲良しで微笑ましいですね」


「姫さん、あなたいい加減にしないと怒りますわよ?」

「琴音、さりげなくお前もだぞ。こいつと仲良しとかありえねぇから」


「いやぁ、ごめんごめん。あ、そうだ。ミズキちゃん」

「どした?」


 七瀬が少し改まったように声をかけてくる。

 そしてポケットからスマホを取り出して、その画面をあたしに見せてきた。



「ミズキちゃんもインスタ始めない?」



 突如放たれた提案にあたしは少し困惑してしまった。

 七瀬が見せてきている画面には、インスタのアカウントが映し出されている。


 え、まじで急になに……?

 インスタ?


「さっき教室でね、話しててインスタ始めよーってなったんだぁ。西條さんもね!」

「はいっ! 見てくださいミズキさん!!」


 そう言って琴音も自身ありげにスマホの画面を見せてくる。

 そこにもインスタのアカウントが。アイコンはラインよろしく猫の画像で、名前は「ことね」となっていた。フォロワー数は2。フォロー数も2。


「これがわたくしのアカウントですっ! すごいですか!?」


 ドヤァとした顔で見せてくる琴音。


「あぁ、なんて神々しいのでしょう!! 琴音様のアカウントこそ、すべてのインスタグラマーの中で最も価値があります!!!! 時価5兆円で買取ですわ!!」

「ふふっ、ありがとうございます。これでわたくしも『インスタグラマー』の仲間入りなのですね……な、なにかすごく時代の中心を感じます!!」

「当然です!! 琴音様こそが頂点、王、神なのですから!!!! 全ての中心には琴音様がいて然るべきなのです!」

「いえいえ、静流さんがインスタを教えてくれたおかげです!」

 

 琴音と金髪がキャッキャと盛り上がっていた。


 こいつら時々すごくバカになるよな。

 めっちゃ賢いはずなんだが。


「七瀬はどんなアイコンだ?」

「私はね〜〜もちろん百合!!」


 七瀬のインスタアカウント、そのアイコンは2人の女の子が仲良くしている、アニメ?的な女の子のイラストだった。


 アカウント名は『リリー・クイーン』。


「なんだこの変な名前。リリーってどういう意味だよ」

「変な名前じゃないよ!! リリーは『百合』って意味だから『百合の女王』って名前だよ!! ね、変なじゃないでしょ?」

「いや、意味知った上で言うけど。変な名前だぞやっぱ」


 にしても自分でそんな名前つけるとは。

 こいつ百合についての自信は本物だよな。


 不服そうな顔だったが、七瀬はぽつりと話し始める。

 

「このアカウントはね、私用というより、百合の魅力を伝えるアカウントにするつもりなんだ。だからこんな名前にしたの。本当は……今この目の前で広がる静流ちゃんと西條さんの仲良し風景を撮ってインスタに載せたいんだけど、流石にナマモノを紹介するのはどうかなって思うし…………ていうか待って。この光景はわたしが努力して聖アルに入ったおかげで見られたものだよね……? じゃあ…………わたしだけが摂取して然るべきじゃん!!! 見せてたまるものかッ!!!」

「今なんの話してたっけ?」


 突然急ハンドルを切り出した七瀬に呆れつつ。


 あたしは少し考えていた。


 インスタか……カナや後輩がやってるのを見てたくらいだからな。

 あんまやる気にはならなかったし。


 つーかこの流れは多分。


「そういう訳で、わたしと西條さんもインスタ始めてみるし、ミズキちゃんも良かったらやろうよ!」


 まーそうなるわな。


「そうですよ!! ミズキさんも始めましょう!! みんなでやるときっと楽しいですよ!」


 琴音もそれを望んでいるかのように、あたしにインスタ開始を促してくる。


「あなた、琴音様のお願いを無下にしたら許しませんわよ」

「圧かけてくんなよ……」


「「さぁ、ミズキさん(ミズキちゃん)!!」」


 琴音と七瀬にここまで言われちゃ……さすがにな。


 正直、あたしはインスタとか写真とか興味ない。

 だからあんま気は進まないが。


 何事も経験だからな。

 大事なのは未知の世界に飛び込む事だ。


「分かったよ。始めりゃ良いんだろ」


 あたしの前向きな言葉に琴音と七瀬が表情を輝かせた。


 1分後。

 あたしのスマホにインスタが追加された。

 

 

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