第37話「いざ球技大会!」
ドンドコドンドン!!
ドンドンドン!!!!
頭の中で太鼓が鳴っていた。リズムよく鼓動音が響き渡る。
それはまさにあたしの精神の高揚を表したものと言って良いだろう。
あたしの気持ちは昂り、精神は燃え上がっている。
なぜなら……!!!
今日は球技大会だからだ!!
すでに生徒は体操服に着替えて体育館に移動していた。
第1体育館ではバスケ。
第2体育館で卓球が行われる。
あたしのいる第2体育館には卓球台が綺麗に並んでおり、多くのお嬢様達が試合が始まるまでの時間を過ごしていた。
「よしお前ら!! 絶対に優勝するぞ!!!」
あたしが自分のチームメンバーに呼びかけると。
「当然ですわ」
「……」
「……」
「おいそこー明らかにテンション低いぞー」
あたしは今朝から顔色のすぐれない七瀬と琴音に呼びかける。
「つーかお前ら、卓球なら別に良いって喜んでたじゃねぇか」
「でもやっぱり団体戦は怖いだもん! もしミスをして戦犯になったら、世間から一生後ろ指刺されて、ご近所さんでも浮いちゃう存在になっちゃうんだよ!!!?」
「ならねーよ。球技大会をなんだと思ってんだ」
「…………スポーツは見る方が楽しいと思います」
琴音が虚無の瞳で呟いていた。
まぁ七瀬はともかく、琴音の運動神経の悪さは異次元だ。多分幼稚園児と競っても何人かには負けるだろう。
それに真面目なこいつの事だ。
プライベートの時間に卓球の練習でもしてたに違いない。
そして自分の下手くそさに驚愕して、改めてこの表情になっているのかも。
「「もう負けて早く終わりたい(です)……」」
痛切な2人の言葉に、あたしは小さくため息を吐き出した。
こいつら本当に嫌なんだな。
まぁ、だが大丈夫だ。こいつらが思ってるような心配はいらない。
「ご安心ください琴音様!!! 姫さん!」
にゅっと金髪が顔を出す。
そしてまさに今あたしが思っていた事を告げてくれようとしていた。
「今回の団体戦はシングルス4戦、ダブルス1戦のうち3勝すれば良いですもの! なので琴音様と姫さんがたとえ負けても、私とそこの蛮族がシングルスとダブルスに勝てば優勝はできますわ!!」
「え!!」
「静流さん! それは本当ですか!」
「はいっ!!!」
金髪の言葉に七瀬と琴音は表情を輝かせた。
そう、金髪の言う通り今回の団体戦は、たとえ琴音と七瀬がボロカスに負けてもあたしと金髪が勝てば勝ち上がれるようになっている。
金髪が一枚の用紙を2人に見せる。
そこには試合の順番と出場者の名前が書かれていた。
第1試合:シングルス【天宮】
第2試合:シングルス【西條】
第3試合:ダブルス【神田・天宮】
第4試合:シングルス【七瀬】
第5試合:シングルス【神田】
その用紙にみんなで目を通していく。
「なるほど……じゃあもし敗退する事になっても、悪いのはミズキちゃんと静流ちゃんって事なんだね!!!!」
「誰が悪いとか言うのあんまよくねーぞ……」
こいつ……昔よっぽど責められた過去があるんだろうな。
七瀬のブラックな部分が顔を出しつつある。
まぁ可哀想だとは思うが、七瀬が心配するような事はない。
相手が全国区の卓球部でもない限り負ける気はしねぇ。
卓球は得意だしな。
「わ、わたくしが2戦目ですか……あの、なぜわたくしがここに……? 2戦目をミズキさんにすれば、最初の3戦でストレート勝ちできるんじゃ……」
琴音がポツリとこぼした。
まぁ言いたい事はわかるが。
「それじゃお前と七瀬はぜんぜん試合できねぇだろ。勝ち負けも大事だが、それより『みんなで楽しむ』事の方が大事だからな」
「……っ! そう、ですか…………いえ、ふふっ。そうですね。楽しみましょう」
琴音はあたしの言葉で少し吹っ切れたのか。
ようやくいつものような優美で可愛らしい笑顔を浮かべた。
「では団体戦1回戦を開始します! まずは1年B組『Xチーム』と1年E組『Yチーム』です。両者は所定の位置についてください」
係員から指示が飛んだ。
1年B組の『Xチーム』というとあたし達の事だ。
まずは金髪から。
金髪がペン型のラケットを握りしめて、争いの舞台である卓球台へと向かっていく。
「静流ちゃーん!! ふぁいとー!!」
「死んでも負けんじゃねぇぞ!! クソパズルー!!」
「私は静流ですわ!! まったく……」
「静流さんっ」
琴音が金髪に駆け寄った。
それから琴音は穏やかに笑ながら、金髪の手をぎゅっと掴む。
「ふへっ? へ、え、あ……ッ!! ふぉぉぉぉおああああ〜〜!!!♡♡ 手、卸手!! 琴音様の手!!! ♡ ふへっ……でひゅ♡」
琴音に手を握られた事で、金髪は顔を真っ赤にして幸せそうに顔を歪めていた。
いやつーか変態みたいな反応やめろ。
めっちゃキモイぞ。
「応援しています! 頑張ってください!
「うぅ〜〜〜〜!!!! もっっっっちろんですわ〜〜!!!! この勝利! 必ずや琴音様に捧げます!!!」
満面の笑顔で言い放った金髪は、そのままるんるん気分で卓球台へ向かう。
まぁ琴音に応援された手前で負けるあいつではない。
対戦相手は少し気が弱そうなお嬢様。
「では1戦目を開始します!」
ピーっというブザー音と共に試合が開始する。
まずは金髪がサーブ。
金髪はまるでプロの卓球選手のような流麗なモーションで、小さなボールを空中に投げたあと、ラケットを振りかぶった。
直後、ボールは高速で相手のコーナーへと突き刺さる。
そのあまりの速球に、向こうの生徒は一切の反応ができていないように立ち尽くすばかり。
「まずは1ポイント……ですわね」
「ひぃっ!」
金髪の鋭い勝利への渇望に、対戦相手が小さく涙目になっていた。
あの野郎……琴音に見られてるから相当イキってやがるな。
好きな女子の前でかっこつける男子中学生か。
まぁ勝ってくれりゃなんでもいいが。
結果は――――11:0で金髪の完封勝ちだった。
「静流さん流石です!!」
「うんっ! プロの人みたいだった!!!」
「も、もうっ! お二人とも褒めすぎですわ!! おほほほほ!!」
「調子乗んな。あんなリスみたいな相手に勝ったくらいで」
「はぁ……あなたはほんっとうに人の気分を害しますわね。まぁ良いですわ。次は……琴音様の試合ですもの!!!」
金髪の意識はすでに琴音に向いていた。
続く第2試合。
琴音がラケットを握って卓球台へと向かっていく。
そして深呼吸を繰り返し、覚悟を決めたようにラケットを構えた。
「いきますっ!」
第2試合が始まり、サーブ権はまず向こうが持っている。向こうのサーブが飛んでくる。幸い向こうも素人のようで、緩くコースの甘いサーブだった。
まぁだが琴音には…………
「てやぁ!」
ぶん! スカっ!!
見事に空ぶって見せた琴音。
うん……そうなるよなぁ。
琴音は顔を赤くして再度ラケットを構えていた。
「つ、次ですっ!」
その様子を見ていた七瀬と金髪は。
「よし……西條さんが思ったよりもド下手だ……!! もし負けた時の責任は西條さんが……くくく、わたしは悪くならない……ッッ!!!!!」
「あぁ〜〜〜!! かわいいですわ琴音様!!! 健気に頑張るお姿が全国民の心を打ちます!!! あぁ〜〜素敵〜〜〜ですわ〜〜〜!!!!!!♡♡」
こいつらもほんと相変わらずだな。
琴音は結局それから空振りし続け(自分のサーブの時すらボールに当てられず)……なんと。
一度もボールに触れることなく、11:0で完封負けしていた。
琴音ががくりと膝をついて落ち込む。
「まさか……1度もボールに触れられないなんて……わたくしは……一体何ができるのでしょう……」
「いやお前運動以外はマジで頂点だぞ」
「そうだよ西條さん! ふふふっ……下手くそでいてくれてありがと」
「え!? 七瀬さんが急にひどいです!!」
味方だと思っていた七瀬から予想外の裏切りを喰らった琴音が涙目になっていた。
七瀬のやつ……トラウマのせいで闇堕ちしてるな……
てか次は。
「ほら、早く準備なさい」
「分かってるっつーの。あたしに命令すんな」
ダブルス。
不服だがこのクッソタレ金髪とのコンビだ。あたしはラケットを手に握って、金髪と共に卓球台へと向かった。
対戦相手は先程の2人とは違って、少し自信があるような表情だ。
おおかた運動神経に自信でもあるのだろう。
だが。
「それでは第3試合開始!!」
サーブはこっちから。
金髪が鋭いサーブを打ち放つ。豪速で飛んでいく橙色のピンポン玉。
それで決まれば楽だったが、対戦相手がそれを拾って撃ち返してくる。
やはり相応にはできるらしい。
「決めないと許しませんわよ!」
「誰に言ってんだ!!」
わずかに浮いた玉に狙いを定め。
あたしは角度を付けて、ラケットを斜めにして擦るようにして変化球スマッシュを相手コートに叩き込んだ。
バコンッ!!
という激しい音と共に、ボールは卓上をワンバウンドして奥へと飛んでいく。
相手が反応する気配はなかった。いや反応できなかったのだろう。
あたしは金髪にしたり顔を向ける。
「見たか金髪」
「ふんっ、何を調子に乗っているのですか。あんなチャンスボールをスマッシュできたくらいで。誰にでもできますわ」
「んだと!! じゃあ次はテメェがやってみやがれ!!!」
「上等ですわ!!!」
いつものように喧嘩をするあたし達の横では、琴音と七瀬のテンションが大きくなっていた。
「お二人ともすごいです!! やはりミズキさんと静流さんがコンビを組めば敵なしですねっ!」
「うぅ……静流ちゃん……ごめん……!! 静流ちゃんと西條さんを応援してる……けど……!!! やっぱりミズキちゃん×静流ちゃんのライバル百合は最高だぁ〜〜〜!!!!! うひょおぉぉぉ!!! 犬猿の仲のライバル同士が協力する激アツ展開!!!! ここから急速に深まる2人の仲!!! そして2人はやがてベッドで愛を確かめ合う……!!!!!♡ きゃあ〜〜〜ダメだよ2人とも〜〜〜!!♡」
「おい金髪……あとで七瀬をおしおきするぞ」
「無論ですわ」
あたしと金髪は珍しく意見を一致させ、呆れたように七瀬を見ていた。
まぁ、いつも通りに戻ってくれて良かった気もするが。
七瀬のやつ球技大会のストレスで闇堕ちしてたからな。
「さて……では」
「ああ。さっさと終わらせるか」
あたしと金髪が対戦相手を鋭く睨むと
「「ひぃぃ!!!」」
対戦相手から悲鳴が漏れた。
その後は見るも無惨な蹂躙だった。
結果は11:0の完封勝ち。
ムカつくがコンビネーションは意外にも良かったように思う。
次は七瀬の試合だ。
「七瀬ー! ぶちかませー!!」
「姫さん! ファイトですわ!!」
「七瀬さん、頑張ってください!」
「うんっ! さっきので尊みエネルギーもらったから大丈夫!! それに西條さんがわたしよりも明らか戦犯だからのびのびプレイできるよ!!」
「あ、あの……七瀬さんが先程からいじわるを言ってくるのですが……っ」
「ちょっと姫さん!! いくら姫さんでも琴音様に意地悪するのは許しませんわよ!!!」
「まぁ……許してやれ……あいつも昔大変だったんだよ……多分な……」
「がんばるぞー!! うおーー!」
七瀬が気合を入れて卓球台へと歩いていく。
試合が開始し。
結果は
5:11で敗北。
まぁ頑張った方だな。
本人もそう思っていたようで、負けたにも関わらず晴れやかな表情で帰ってきた。
七瀬はどこか嬉しそうだ。
「5点も取れた〜〜!」
「七瀬さん、すごいです!」
「えへへーありがとぉ」
琴音と七瀬の微笑ましい光景が広がっていた。
てか琴音はどこまでも心が広いな。闇堕ち七瀬のいじわるな発言を受けても、特段七瀬への対応を変えずに仲良く接している。やはり根本が女神すぎる。
さてと。
最後は。
「んじゃあ決めてくるわ」
「がんばれ〜〜〜!! ミズキちゃ〜〜ん!」
「ミズキさん! ファイトです!!」
「圧勝以外は許しませんわよ」
あたしは3人の声援を背中に受けながら卓球台へと向かっていく。
けっこう緩く、ダラダラとやってる感はあって真剣さは薄いけど。
こういうみんなで楽しむのはやっぱ良いな。
琴音も七瀬もなんだかんだ楽しんでくれてそうだし。
金髪も負けず嫌いだからこういう競技には積極的だ。
みんなで楽しめてる。あたしだって最高に楽しい。
あたし……けっこう充実した高校生活送ってるな。
不意に、なんとなくそう思った。
まぁ、どうせならこのまま優勝してやるぜ。
そしたらもっと最高の思い出だ。
あたしはラケットを右手で握りしめ、卓球台の前へと立った。
そのまま順調に勝ち進んで行ったあたし達だったが、準決勝で卓球部の1年生エース擁するチームと激突し、辛くも敗退を喫してしまった。
3位決定戦には勝利し、最終的な順位は3位。
めっちゃ悔しかったが。
まぁ楽しかったから良しとしよう。
そんな感じで。
今年の球技大会は幕を閉じた。
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