第29話「静流と七瀬の百合同盟!」


 早朝7時15分。

 天宮静流は教室の窓から外を眺めていた。


 普段はもう少し後に来ているが、今日はなんだか無性に朝早く目が覚めてしまった。


 静流は窓の外で少数の生徒が歩いているのを見ながら、なんとなしにスマホを開いた。

 待受画面は先日撮った『琴音と静流のツーショット写真』。


 手前で琴音が笑顔を浮かべ、その奥で静流が緊張した顔を浮かべている


 どうしても琴音様の写真が欲しかった。

 だから一緒に写真を撮らないかと頭を下げたところ、快く快諾してくださった。


 嫌な顔ひとつせず。

 しかも琴音様も自身のスマホで撮って良いかと尋ねてくださったのだ。琴音様は私のことだってきっと好いてはくれている。



 友達として、ではあるだろうが。



 良い感じではあるが、少しだけ悩みもある。


 いまいち進展しそうにないのだ。

 むしろあの神田なんちゃらに負けている気さえする。


「「はぁ……どうすれば……」」


「「ん」」


 不意に誰かの声と重なった。

 誰だろうと思いすぐ隣を見ると。


「七瀬さん……?」

「え、天宮さん……! なんでこんな朝早くに!」


 そこには友人である【七瀬 姫】がいた。

 青髪のボブカットで前髪が少し目にかかっている。胸は……非常に大きい。

 静流は全く膨らみのない自分の胸に視線を送った。


 なぜ……神は不平等なのでしょう……理不尽ですわ……。


 七瀬さん。

 もはや定着しつつある仲良しグループ(あの蛮族は別ですが)の一員だ。

 可愛らしくてすごく庇護欲をそそられる方。


 でもたまにものすごい迫力を見せる時がある。


 静流は七瀬の言葉に返す。


「それはこちらのセリフですわ。今日はあの蛮族と一緒じゃないんですわね」

「うん……ちょっと悩み事があって目が覚めちゃって……」


「――っ」


 静流は少しビックリする。

 だってそれは自分とまるで同じだったから。


 だから思わず。


「わ、私もですわ!」


 そう返してしまった。

 それを聞いた七瀬が小さく目を見開く。


「ほ、ほんとに? うわぁ……なんか奇遇だね……天宮さんでも悩むことなんてあるんだ」

「そりゃ……私だって人間ですわ。悩みの一つや二つありますわよ……」

「……ね、良かったらさ、ちょっと話し合わない……? お互いのお悩み相談……どうかな?」


 七瀬が少し緊張気味に尋ねる。

 自分が天宮静流の相談に乗ることなどおこがましい、そう思っているかのような態度だった。


 静流は。


「むしろよろしいのですか……? 七瀬さんさえ良ければ……私もそうしたいですわ」


 快く応じたいと思った。

 そもそも七瀬とはあまり一対一で長く話したことがない。

 もう少しお互いのことを知り合っても良いのではないかと思ったのだ。


 それに……今はこの気持ちを誰かに聞いて欲しかった。


「ほ、ほんとに!? じゃあちょっと話そ!」


 それから静流と七瀬は近くの椅子に座って、皆が登校するまで二人で相談会を開くことにした。


「わぁ……まさかあの天宮さんとこんな話ができるなんて……夢みたいだ……」

「七瀬さんは私を高く見積もりすぎですわ。普通の女子高生として接してくれて構いませんわよ」

「う、うん……でもやっぱりすごいなぁ、って思ってるから……」

「……七瀬さん。今は対等な友人関係ですわ。そういうのは一旦忘れてくださいまし」

「そ、そうだね! うん! じゃあ、えっと、どっちからにする?」

「では七瀬さんの相談からお願いしますわ」

「分かった! えっとね……」


 七瀬は少し緊張したように深呼吸をした後、意を決して口を開いた。


「わ、わたしね……実は、女の子同士が仲良くしてる場面を見るのが大好きで……あ、こういうの百合って言うんだけどね!!! 百合は本当に最高でね!! でも最高すぎて……わたしは理想の百合カップルを見つけるためにこの学園に入ったんだけど……一番近くに最高の百合カプが3組もいて困ってるの!!!!」


「……え…………あ、えっとぉ……」


 まずいですわ……

 この人がなにを言っているのかよく分かりませんわ!!!


 さ、さっきまでの内気そうな少女はどこへ……。

 そう、これなんですのよ。

 七瀬さんが時折見せる凄まじい気迫。


 でも……今確かに女の子同士が仲良くするのを見るのが好きと……

 それは百合というのだそう。


 というかこの人何をしに聖アルカディア女学園に来てますの!?

 理想の百合カップルを見つけるため……それだけの為にこの学園に入学するとは、百合というものに対する凄まじい執念を感じますわね。


 ですが……女の子同士が仲良くしてる場面が好きですか……。

 百合……私と琴音様の関係も、そこに入るのでしょうか……。


「ま、まぁ、少し七瀬さんのことが理解できましたわ……でも百合とは……少し興味がありますわね」


 静流が少し気になりながら言うと、七瀬の瞳がキラリンと輝いた。


「やっぱり!!? 興味あるよね!! そうだと思ってたんだぁ!! 天宮さんは絶対に百合にハマるよ!! だって現進で天宮さんは西條さんに恋してるんだし!!!」

「ふぇぁ!! な、なななな、なぜそのことを!!?」

「見てりゃ誰にでも分かるよ〜〜リアル百合をいつも供給してくれて感謝ですよぉぉ」


 七瀬が拝むようにして手を合わせた。

 そんな七瀬に、静流は顔が熱くなっていくのを押さえられない。


 バレていた……もしかして他の人にも……?


 そう。その通り。

 私は琴音様に恋をしている。それはきっと、友達の域を超えるものだ。


 この片思いはもう……11年になるだろうか。


 琴音様……。


 静流はぽつりと言葉をこぼす。


「実は……私の悩みというのがまさにそれで……」

「それって……西條さんのこと……?」

「はい。琴音様とはすごく良い関係だとは思っています。最近は琴音様のことも色々と分かってきて……でも、どうにも進展しそうな気配もなくて……むしろ…………琴音様を取られてしまうんじゃないかと不安で…………って、あなたどうしてニコニコしてるんですの!!?」


「えぇ? ニコニコなんてしてないよぉ……ふへへー」にこにこ


 真面目に語る静流とは対照的に、七瀬はにっこにこ笑顔で静流の話を聞いていた。


 い、今の話のどこに笑顔になれる要素が……。


 静流が疑問に思っていると七瀬が呟いた。


「天宮さんは本当に西條さんのことが好きなんだねっ」

「……っ! 当然ですわ!! 琴音様への思いなら誰にも負けません!!」

「ふへへ、そっかぁ…………うん、やっぱわたしの理想の百合カプは……ここかもしれないや」

「……? なにを」

「天宮さん!! わたし決めた!!」


 七瀬が真剣な眼差しを静流に向けた。

 そして迫力のある声で言い放つ。



「わたし! 天宮さんと西條さんを応援するよ!!!」



 誰もいない教室で、その声はよく響いて聞こえた。


 七瀬の瞳は静流のことを真っ直ぐ捉えている。


「ずっとね、迷ってたんだぁ……ミズキちゃん×西條さんの『ヤンキー×お嬢様』百合か、天宮さん×西條さんの『お嬢様同士』百合か、大穴でミズキちゃん×天宮さんの『犬猿の仲』百合……どれが一番良いのかって!!!」


「最後のやつだけは100億回死んでもあり得ませんわ!!!」


 とんでもない事を言い出す七瀬に、静流は思わず大きな声を返した。

 七瀬は「ごめんごめん」と言いながら、優しげに微笑んだ。


「でも……この学校に入ったのはお嬢様百合を見るためだし……天宮さんと西條さん……うん、その二人を応援する!」

「……っ」

「それに……天宮さんの想いの強さは本物だよ。今はあれでもその想いはきっといつか西條さんに届くはず! ううん、絶対に届くよ!!」


七瀬の力強い励ましが胸に染みていく。


この想いが琴音様に……確かに今はまだ遠いかもしれない。

 でもいつかきっとそうなる事を信じて想い続ければ、


きっと。


それに七瀬さんはその3択から、私と琴音様を……選んでくださるのですね。


「少し気が楽になりましたわね……感謝しますわ。それに協力してくれるというのも非常に嬉しいですわ」

「ううん、良いよぉ! わたしは天宮さんに協力する! 代わりに天宮さんには西條さんと仲良くしてる姿を見せてもらうから!!! だからこれは百合的協力同盟ッッ!!!! すなわちwinwinなんだよッ!!!」

「あ、あなた……そんなハイテンションなキャラでしたの……? ですが同盟とは……面白い表現をされますわね」


 静流はテンションがやけに高くなっている七瀬を見て笑った。


「天宮さんの方想い百合はどんな結末を迎えるのか……う〜〜〜〜〜〜妄想が捗る〜〜〜〜〜〜〜〜そうだ!! ネタ帳に書いとかなきゃ!!!!!」


 七瀬はどこかから小さな手帳を取り出し、そこに文字を書き込み始めた。


 この人は……なんだか面白い人ですわね。


「七瀬さん」

「ん、どうしたの?」

「私たちは同盟を結びましたわ。宜しければ……お名前でお呼びしても?」

「へ……名前って……?」

「姫さん、と呼ばせていただきたいですわ」

「えぇ!? で、でも……」

「あなたも私の事は静流と呼んでくださいまし。協力関係、でしょう?」


 意外な提案に少し迷う七瀬だったが。


「わ、分かった……! じゃあ、静流ちゃん!!!」

「ええ、姫さん。これからよろしくお願いしますわ」


 それから二人は同時に笑い合った。


 ちょうどその時、教室の扉がガラリと開く。


 そこにいたのは。



「ごきげんよう、静流さん、七瀬さん。今日はお二人ともお早いんですね」



 渦中の人物、西條琴音であった。


 琴音はいつもの優美な笑顔で二人を見ている。


「あはは、噂をすればなんとやらだね。静流ちゃ……って、あれ?」


 瞬間、七瀬は静流の姿が無いことに気づく。

 つい数秒前まで目の間にいたのにどこに。


 気がつけば。

 静流は瞬間移動でもしたかのように、琴音の側に移動していた。


「ごっきげんようですわ!!!! 琴音様!!! 本日も麗しさが世界遺産級……いえ銀河遺産級です!!!!」

「ふふっ、静流さんもお綺麗で素敵ですよ」

「うぅっ……! こ、琴音様……本当になんてお優しいのですか……!♡♡」

「いえ静流さん程じゃありません……いつもわたしくしの側に居てくれてありがとうございます」

「はぁぁん!!! なんてありがたきお言葉!! 幸せですわ〜〜〜〜♡♡」


 静流の幸せそうな笑顔が弾けた。


 その様子を見て七瀬も


「はぁ〜〜〜〜〜〜お嬢様百合さいっこ〜〜〜〜〜!!!!!」


 幸せに表情を染めていた。


 かくして。


 静流と七瀬。

 ここに奇妙な同盟関係が成立したのだった。


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