第27話「いざ園芸部へ!」
放課後、あたしは1人で廊下を歩いていた。
普段なら七瀬と一緒に寮へ帰るとこだが、今日はあたしも七瀬も個別に用事がある。
そう、部活を見学しに行くのだ。
七瀬は『文芸部』。
そしてあたしは『園芸部』へ。
園芸部の部室は校舎の一階にあるらしい。
さてどんな感じだろうかな。
廊下を歩き続けること数分。あたしはようやくそこに到着した。
豪華な一枚の扉に手書きのプレートが添えられてある。
『園芸部! 新入部員募集中!! みんなでお花や野菜を育てましょう!』
可愛らしい文字でそんな言葉を添えて。
あたしは扉をノックして、その中に声を飛ばした。
「ハナチャーン、いるかー?」
返事はない。
いないのかな。まぁさっきあたしらの教室で帰りのホームルームしたばっかだからな。
まだ職員室にいるのかもしれん。
鍵もかかってないっぽいし、中に入って待ってようか。
あたしはゆっくりと扉を押し開いた
目に飛び込んできたのはナチュラル調に彩られた、なんとも空気が澄んだ部室だった。
木造りのテーブルと椅子がいくつか置かれており、あらゆる所に観葉植物が置かれている。至る所には花瓶と花が置かれており、そのどれもが丁寧に手入れされているのだと、その綺麗さから一目で分かった。
さらに様々な園芸用品も置かれていた。
土や種やスコップにジョウロ。
すげぇな……やっぱお嬢様学校だけあって、部室の中もインテリアデザイナーがコーディネートしたんじゃないかって思うくらいに綺麗だ。
「綺麗だな……」
「神田さん……いらっしゃ〜〜い」
「どえええぇ!!!」
突如背後から響いた声に、あたしは思わず情けない声を出してしまう。
だ、誰だよ! 気が抜けてる時に後ろから、って……
背後を振り返ったあたしがその目に捉えたのは。
「ハナチャン!」
「やっ……ほ〜〜」
穏やかで優しい笑顔を浮かべながら、ゆ〜〜っくりと手を振っているハナチャンの姿だった。
「神田さん……もしかしてぇ、入部希望……?」
「ん、ああ。一応そうだな」
あたしが答えるとハナチャンは表情をぱぁっと輝かせた
「わぁ〜〜〜〜そっかぁ。それは嬉しい、なぁ〜〜……とりあえず、奥に、おいで〜〜」
ハナチャンに導かれるままに、あたしは部室にある一つの木製テーブルへと腰掛けた。ハナチャンが奥にあるシンクで何かを準備し始める
「飲み物、何が良い〜? お茶と、コーヒーと、リンゴジュースがあるよ〜〜」
「んじゃあリンゴジュースで!」
「は〜〜〜い……」
それからハナチャンがコップにリンゴジュースを注いで持ってきてくれる。
そしてそのままあたしの対面に腰掛けた。ハナチャンは机に両肘を突いて両指を絡み合わせると、本当に嬉しそうな表情を浮かべた。
「まさかぁ、神田さんが来てくれるなんてぇ……思わなかったなぁ〜」
「だろうな。あたしだってまさか園芸部を選ぶなんて。自分でも思ってなかった」
「そっかぁ……でも、選んでくれたんだねぇ」
ハナチャンは朗らかな様子で言葉を放っていく。
なんかこの人といるとすげぇ癒されるんだよな。
あたしのタメ口とかも受け入れてくれたし、あたしは多分この人のことが結構好きだ。
ちなみにあたしが普通にタメ口を使っているのには理由がある。
あたしも最初は敬語を頑張っていたのだが、やはり敬語を使うのは精神的にしんどく、あまり関わる気のないポメやロッテンマイヤーに対しては敬語を使うのも我慢できるのだが、やはり近しい存在に敬語を使うのは無理だった。
だからハナチャンに無礼を許してほしいと、頭を下げてタメ口許可をいただいたのだ。
あとは子供マザーにもタメ口使ってる。
あいつはたまにあたしの口調を直そうとしてくるが。
「でも良かったぁ……今年ね、誰も入らなかったらぁ、廃部になるとこだったんだぁ…………」
「え、そうなのか!?」
「うん〜〜……えっとねぇ、部員が0の状態が、1年続いたらね……廃部になるからぁ…………この場所も無くなるのかなぁ〜〜って……ちょっと不安だったんだぁ……」
「……」
ハナチャンは相変わらずの笑顔で語る。
でもこの部室を見回しながら語るハナチャンの様子は、なんだかひどく哀愁を感じさせて、同時にその安堵感も痛切に伝わってきた。
多分この人は園芸部にすごく思い入れがある人なんだろうな。
「なぁ……ハナチャンって何者なんだ?」
あたしはなんとなしに尋ねる。
それはずっと気になっていた事だ。
「え〜〜何それぇ……私は普通の国語教師だよぉ〜〜」
ハナチャンは普段と変わらぬ様子で答えた。
だがそんな訳ないことをあたしは知っている。
ポメもそうだが、こんな最強のお嬢様学園に勤めることができるなんて、なんらかの分野で偉大な成績を残してるとか、すごい経歴があるとか、そういう奴だけだろう。
ちなみにあの堅物数学教師ロッテンマイヤーはなんと東京大学で教授をしていた過去があるらしい。
あいつ……まだ20代後半とかなのに。ありえねぇだろ。
ポメもロッテンマイヤーも化け物だ。
だから絶対にハナチャンにも何かがあるはず。
「頼むハナチャン! めっちゃ気になってんだよ!! ハナチャンの正体を教えてくれ!!」
あたしは必死に頭を下げた。
もう普通にめっちゃ気になりすぎてる。
知りたすぎる。
少しの間困ったような表情をしていたハナチャンだったが。
やがて小さく微笑んだ。
「ダメだよぉ」
「え」
「だって〜……私の正体知っちゃたらぁ……神田さん……普通の生活、送れなくなるかもしれないからぁ〜〜」
「……は?」
普通の生活を送れなくなる?
え、今そう言ったよな?
正体を知るだけで……?
それって……本気でやばい地位の人間じゃね…………?
「国とかに〜〜監視されちゃうよ〜〜?」
いやマジで何者なんだこの人!!?
国に監視されるレベルとかやば過ぎだろ!!
「まぁ〜〜でも〜〜園芸部の廃部阻止に一役買ってくれたし……もしきちんと3年間真面目に居てくれたらぁ……教えてあげようかなぁ〜〜〜〜〜」
ハナチャンはわざとらしく微笑みながらそんな事を言った。
くそ……余計に気になったじゃねぇか。
この人が何者なのか。
それに3年間真面目に通ったら教えるとは、中々な交換条件を出してくれる。
まぁポメから逃げるという目的もあるし……。
良いだろう。
「よしっ! その提案乗った!! 3年間真面目に部活動に顔出すから、卒業する時には絶対に教えてくれよ!!!」
あたしはハナチャンの提案に前向きな態度で応じることにした。
正直、卒業できるかどうかも怪しいし、3年間真面目に部活なんざできるか分からないけど。
もうマジで気になりすぎる!!
あたしの言葉にハナチャンは大きな笑顔を浮かべた。
そして小指を差し出してくる。
「じゃあ〜〜……約束だねぇ〜〜」
「おう!!」
あたしとはハナチャンは固く指切りを交わした。
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