第46話

第46話


「先輩、すみません……っ!」


その日はよく桜が舞い散っていたのを、覚えている。


10年前の春……俺が中3になった春。


目の前に、小柄な少女が現れたのはその日だった。


……子犬みてぇだな。


第一印象はそれだった。


ゼーハーと息を切らしながら駆け寄ってきた彼女が、何を言うかは予想できない。


そもそも、こいつ誰だよ。


自慢じゃねえけど、俺の見た目はそう人当たりが良さそうには見えない。

薄い色の地毛、全身の絆創膏。


ヤンキーだと思われてもしょうがないとは思っていた。


子犬は、俺を勢いよく見上げる。


「すみません、ボクと部活しませんか!」


唐突に吐き出された言葉に、俺は眉を顰める。


「……はぁ?」


オオカミに睨みつけられる子犬の如く、彼女は少し身を震わせた。


「あ、あの……ボク部活始めたくて……でも入ってくれる人がいなくて……そ、それ、で」


しどろもどろになりながら、彼女はどうにか言葉を紡いでいく。


「それで、藤先生に……相談、したら……竹花先輩なら部活入ってないよって言われて……」


ああ、あの教師かよ。


俺は内心舌打ちした。


一年生の担任だが、三年の理科の一部を受け持っている怪しい教師。


三年の中ではもっぱら本業は詐欺師なんじゃないかと噂だった。


「悪いけど俺部活に入る気ないんで。

他当たってくれ」


これ以上震えさせたらマズイと思い、俺は出来るだけ穏やかな言葉で断る。


だが、子犬は思ったよりも噛みつきが強かったようだ。


「ほ、他なんて無いんです!」


今思えばコイツの執念深さとか畏れ知らずさは既にここで現れていたんだなと思う。


だが、彼女は足を震えさせながら言った。


「ボク、入学式で先輩を見て……あの、こんな風に強くなりたいなぁ…とか、お、思ったんです」


そういう割には、ずいぶん目が泳いでいた。


「……ありがとな」


この手の言葉はお世辞なんだって、わかってる。

だから、俺は少し苦々しく答える。


「頑張れよ、部活作り」


何をするかは知らねえが、もう俺の関わることじゃないな。


俺はそう判断して、その場を去ろうとした。


だが、彼女は俺の服の裾を掴む。


「……っ、先輩は!」


振り切ろうと思えば簡単に振り切れるほど、弱い力。


だが、彼女はそれ以上の強さで言葉を吐き捨てた。


「先輩は、ど……どうしたら入部してくれますか!?」


「……」


俺は振り返る。


俺の視線に、彼女の目が怯えを示した。


だが、すぐに唇を引き結ぶ。


「ボクが、先輩のお願いを叶えます。

だから……願いが叶ったら、ボクの部活に入部してください…っ」


「……お願い、なぁ」


願い、願い……か。


健全な男子中学生なら、ここですけべな事を頼むのだろう。


だけど、俺の願いは他のものだった。


……竹花心呂を、消してほしい。


それが初めに浮かんだ願いだった。


比較対象が消えれば……きっと、俺は俺だけを見てもらえるから。


でも、それは絶対無理なのだろう。

俺の口から出すことすら無理なのだから。


「じゃあ」


俺は呟く。


「俺の幼馴染を、自分の意思で学校に来させてみせろよ」


こちらも無理だ。


言いながら、俺はそう感じた。


俺の口から出すのは簡単だったが、不登校の人間を登校させるのはそうそう簡単じゃない。


むしろ大半の場合迷惑にしかならない。


特にあいつは、金花沙夜子はそうだろう。


だが、純粋で馬鹿な子犬は違った。


「わ……分かった!」


彼女はパッと校舎の方に駆け出した。


かわいそうだ。

それが無理な願いだと知らないのに。

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