第33話

第33話


「桜坂風磨って言うんだ、その人」


「……そう」


私は頷く。


夢喰いという人を食うバケモノは、ほんの10年前ほどまで大量にいた。


今でこそかなり数が少なくなったが、かつては人の死因の多くを夢喰いが占めていたという。


その夢喰いの棟梁を殺した少年。

それこそが、桜坂風磨だ。


まさに英雄。

まさに人類の宝。


その功績だけを見たら、人々は称するだろう。


“協力者”くんは私を睨むようにして言う。


「今、その人は何をしてる?

……会えなくても良い。

君を通してでも良いから、お礼を言いたい」


君、ヒーローにはなれなかったんじゃなかったの?


私の脳に、そんな茶々が浮かぶ。


夢を捨てた人とは思えないほど、彼の目には強い何かが宿っていた。

それは、自分に夢を見せたヒーローへの執着か……はたまた、それは。


「……分かった、伝えておくね」


私はワインを飲み干した。


……嘘だった。


私には、桜坂風磨へと伝える術はない。


何故なら誰も彼の居場所を分からないから。

ほんの数年前までよく会っていた私でも、彼の妹ですらも。


———ある日突然、彼は何処かへと姿を消してしまったのだった。


「でも一つだけ言わせてほしい」


私は空になったグラスを置いた。


……彼は、きっと今も生きている。


そう易々と殺されるような人じゃない。


きっと今は何かを探しているのだろう。


思い返せば、彼はずっと何かを失ったような表情をしていた。

彼の中には足りない“何か”があって、それを探しに行ったのだろう。


は、誰よりも強くて、誰よりも弱いただの人間だよ」


私は立ち上がった。


まだ酔いは回っていないけれど、もう一杯空ける気にはなれなかった。


“協力者”くん。


そう呼びかけようとして、止める。


……もう彼の仕事は終わったんだ。


今更本名を避けたってなんら意味はない。


「……それじゃあまたね、烏羽からすばくん」

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