第32話

第32話


【夢術管理協会/先輩side】


「こんばんはー」


私は酒の入った袋を持ち上げながら言った。


場所は再び“協力者”くんの家。


ただし、今回は後輩くんはいない。


「いつもお酒ありがとうね」


今度は、すでにおつまみを用意してくれていたようだ。


キューブチーズが机の上に広がっている。


「そっちこそ……今回の件、すごくお世話になったっすからね」


私はワインをグラスに注ぐ。


彼はあはは、と力無く笑った。


「同じ中学のよしみだよ。

って言ったって、君は中学の時全然来てくれなかったけれど」


「だってあの時は色々忙しかったから」


私はそう返しながらワインのグラスを持ち上げた。


喉に赤ワインが流れていく。


「協力者くん、本格的にやってくれてありがとね。

まさか心呂さんまで本当に連れ出すとは思わなかった」


彼はキューブチーズのフィルムを摘む。


「あいつの為だもん。

出来ることはとことんやる。

……あいつを救えないオレにも、出来ることがあるのは嬉しいことだし」


あいつ、というのは後輩くんの事なのだろう。


「……そうだね」


私はワインを揺らす。


コーヒー、不眠、わざわざ黒染めした髪。


彼に出来るのは、あまりに気休め程度のことだ。


「私は後輩くんを救いたい。

……たとえ、それが後輩くんを苦しめるとしても。

たとえ後輩くんが私を嫌っても」


その為に、私も最善を尽くすよ。


揺れる赤い水面に向かって、私は誓った。


初めて人を救えそうなんだ。

このチャンスを逃してたまるものか。


チーズをちまちま食べていた協力者くんが、ふと私を見る。


「あのさ、オウサカ……って人と知り合いだって本当?」


突然切り出されたその話に、私の指はぴくりと動いた。


「……どうして?」


「オレは、オウサカって人に救われた。

あの時はまだ、夢喰いとかいう怪物も多かっただろ?

……オレは、その夢喰いに殺されかけた。

その時、少年だか少女だか分からない人に助けてもらったんだ。

……その人がオウサカって名乗ってたんだ」


お礼がしたい。


そう彼は言った。


「やめよう、その人の話」


私は少し冷たく言う。


……彼にとって、オウサカはヒーローだ。


そのイメージを崩したくない。

彼の中で、オウサカはヒーローでいてほしい。


桜坂風磨おうさかふうまの話は、やめよう」





…………かつての、英雄の話は。


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