第28話

第28話


「ほぉ、取引ですか!」


取引というワードに惹かれたのか、彼が顔を輝かせる。


「いいですね、そういうこと好きですよ」


ニコニコと笑う彼に向けて、俺は指を突き出す。


「俺は、一高ワン子にこの事を話さない。

……烏羽盛春という名前の“夢術管理協会の人間”の単独犯行ということにする。

動機は一高ワン子の夢術の調査という事で十分説明がつくだろ?」


「……それが竹花くんからの条件ですね。

それで?

僕は何をすれば良いのですか」


首を傾げた彼に向けて、俺は言った。



その言葉に、藤先生は目を見開く。


驚いた様に口をぱくぱくさせていたが、やがてゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


「……どうしてですか?

先ほども言ったでしょう。

一高くんを守る為には洗脳が必須なんです。

それを今更どうして___」


一高ワン子は、大丈夫。

俺が保証する」


俺は指を下ろす。


「さっき一高ワン子と話した。

一高ワン子は自分が卒業後どうなるかまで、ちゃんと理解している。

その上で、俺と藤先生に接してくれてるんだよ。

……だからアンタに求められているのは洗脳なんかじゃない。

アンタは“鬼ヶ崎藤先生”として、ずっと一高ワン子の味方でいてほしい」


彼は目を大きく見開いて___それから、ゆっくりと閉じた。


「……そう、ですねぇ。

僕は彼女の味方でいるべきですね」


はにかむように笑った彼は、随分と無邪気に見えた。


「ありがとう、竹花くん。

僕は……君たちの味方でいますからね」


それを見届けた俺は、踵を返した。


「帰りましょう、先生。

……俺、一高ワン子を部室に置いて来ちまった」


そして数歩歩いたところで。






目の前が、真っ赤に染まった。






「……え?」


一瞬遅れて来る、最悪の痛み。


痛い痛い痛い痛い痛い……!!


何があった?


どうして?

どうやって?


わからない。


ただ、頭を殴られたのだという事だけが分かった。


重い打撃が、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返す。


痛い、やめて、どうして。


「……後学の為に言っておきますが。

竹花くんは、人を信じる癖をやめた方がいいですよ」


先生の白衣の中には、重い金槌が隠されていたんだ。


そのことに気づいた時、すでに世界は真っ赤だった。


「妹のためなんです!

仕方がないんです。

こんな事本当はしたくない!生徒に手なんて掛けたくない!

……あぁでも仕方がないんです!

僕は……どこまでもですので」


何度も何度も、金槌が振り下ろされる。


何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も





それは、俺の脳髄を砕くまで。





* * *





砂時計の中で、砂がサラサラと落ちていく。


俺はそれを眺めることしかできない。


……俺、死んだんだっけ。


あぁ、そうだ。


殺されたんだったな。


砂がサラサラと落ちていく。


その向こうに、黒い人影が見えた気がした。


スーツを纏った男が、暗い部屋に座っている。


「俺がアイツを不幸にしたのに、どうして俺が人を好きになれるんですか」


彼がボソリと呟くのが聞こえた。


アイツ?


それは誰のことだ?


お前は誰だ?


前者は分からない。

それでも、後者はなんとなく分かった気がした。


だってその声は。


その顔は。


その人は___




砂時計が、回った。




* * *


それはいつもの様な朝の事。


俺は目を疑った。


何度も瞬きして……それでも変わらない目の前の花瓶。


目の前の机___沙夜子の机の上に、花瓶が置いてあった。

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