第23話

第23話


「むかぁしむかし、ある所に一人の女の子がいました」


タバコの煙を燻らせて、先輩が話し出す。


「その女の子はとっても優しい二人のお兄さんと暮らしていました。

すごく優しくてね、女の子のことを大事にしてくれるお兄さんでした」


俺は何も言わずに彼女の話の続きを待つ。


「でも残念なことに、二人のお兄さんは女の子のことをかばって死んでしまいました。

……女の子はそんなことを望んでいたわけじゃありません。

その子はむしろお兄さんに生きてほしかったのでした」


彼女の伏せられた目は、何処となく寂しさを漂わせている。


「でも大丈夫。

女の子には仲間がいたからです。

大切な、大切な仲間が。

その中に……女の子が想いを寄せていた男の子がいました」


でもね。


彼女は言う。


「裏切られてしまいました。

女の子は、男の子に利用されていたのでした。

もちろん全部がウソだったわけじゃないけれど、男の子の優しさにはとっても黒い物が混ざっていたのでした」


その“女の子”は、きっと今は喫煙者なのだろうな。


俺はそう思った。


「……後輩くんだったら、どうしたのかな。

少なくともその女の子は、男の子を嫌いにはなれなかったのでした。

だって、その男の子の生き方を理解していたのですから。

……だから、その女の子は男の子の生き方を真似したのでした。

本心は隠して、期待はしないで。

そうやって生きることを、選んでしまったのでした」


めでたしめでたし。


昔話は、お決まりの言葉で締められた。


俺はコーヒーに口をつける。


「その女の子は、幸せになったんですか」


俺の問いかけに、彼女は弱々しく笑う。


「さぁてね。

楽しく生きてるんじゃないかな?」


その言葉はきっと本心じゃないんだろう。


それでも、少しだけ得るものはあった。


……共犯者だ。


俺と先輩は、己の罪を共有している。


そうすることで、彼女は俺が逃げられないように鍵を掛けたのだろう。


そうすることで、少しでも俺が彼女に好感を抱けるように。


その行為を、彼女が分かっているのかどうかはさておき。


俺はコーヒーのグラスを置いた。


「……何となく分かりました」


先輩は首を傾げる。


「何が?」


アイツの居場所。

……先輩は、分かっていて黙っていたんですね」


さぁ何のことやら。


彼女はそう言って肩をすくめる。



それは俺だけじゃないんだ。


俺も、先輩も___そしてアイツも。


「アイツは、まだ学校にいるんですね」



当に廃校になった、俺らの母校に。

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