第4話

第4話



それはいつもの様な朝の事。


俺は目を疑った。


何度も瞬きして……それでも変わらない目の前の花瓶。


目の前の机___沙夜子の机の上に、花瓶が置いてあった。


中身はない。


ただ空の花瓶が、机の上に身動きもせずに乗っていた。


花瓶だけが。


……いじめ?


初めに思いついた言葉はそれだった。


いや、違う。


俺は黙ったまま否定する。


いじめじゃない。


確かに沙夜子はおとなしかった。

クラスで話した事があるのかってくらい、誰とも喋らなかった。


花瓶が彼女の机の上にあった時に……一番初めに“いじめ”を疑うくらいには。


だけど、違う。


俺はゆっくりと視線を巡らす。


俺たちがいる窓際から。


教室の後ろを通って、廊下側へ。


後ろから、教卓の方へ。


1、2、3、4______


パッと見て15個くらい。


あからさまに可笑おかしい数の花瓶が、生徒の机の上に並んでいた。


教室には、もうすでに何人かの生徒が来ている。


花瓶の横で話す者。

花瓶の乗った机に腰を下ろす者。


……まるで、彼らは“何も見ていない”かのようにそこで振る舞っていた。


いつも通りの、下らない朝の教室。


彼らが醸し出すそんな空気感が、場の奇妙さをより引き立たせている。


「よっ、おはようさん」


バタバタと荷物を下ろす音がしたかと思うと、突然に肩を叩かれた。


振り返ると、盛春が立っている。


「あ、あぁ、盛春……」


「どうしたんだよ楽都、ぼぉってしちゃってさ」


机から落っこちた鞄を拾いながら、彼はちょっと不審そうな顔をした。


「どうって……どうもこうも、おかしいだろ…」


彼なら分かってくれるはずだ。


このおかしさに。

異様さに。


烏羽盛春という人間は、なんだかんだ言って正義感の強い人間だった。


小学校低学年の頃は、ヒーローに憧れていた。

成長してからも、人を助ける仕事がしたい…と言い張ってきた人間だ。


……彼なら、こんな異様な雰囲気なんて壊してくれるだろう。


そう信じていた。


……信じていた。


「は?」


彼が吹き出した。


「何言ってんだよ、寝不足か?」


どうせ本読んでたんだろぉ、とかいう軽口さえ叩く。


「ち、が……」


俺は一歩ひいた。


なぜだ?

なんでだ?


何で分からない?

あからさまにおかしいだろ?


クラスメイトの机に花瓶だけが置いてあるんだぞ?


俺はぎゅっと拳を握る。


吐き捨てるように、叫ぶ。


「これが見えねえのかよ…!

沙夜子の机だけじゃなくて、他の奴の机の上にも花瓶が見えねえのかよ!?」


我ながら、よく叫んだと思う。


声で耳がぐわんとした。


「……え?」


だが、盛春はキョトンと口を開ける。


彼だけじゃない。

クラス中の人がポカン、とした表情をしていた。


……何を言っているんだ、こいつは。


そう言いたげな目がこちらを向いている。


「なぁ、誰だよ?

  ̶̧̛̳̅̾ ̴̡̙̪͚̈̏̒͡ ̶̡̛̫̬̉̑͗って」



………え?


盛春が心配そうに言った言葉。


沙夜子の名を呼んでいるであろう、その部分。


……何で今、聞き取れなかった?


ノイズが走ったと言えばいいだろうか。


上手く聞き取れなかった。


おかしい。


おかしい、何もかもが。


いや、おかしいのは俺の方なのか……?


ぐらり、と視界が歪む。


___おい、楽都!?楽都…!?


盛春の声が、遥か遠くに聞こえた。


教室が遠く、暗くなっていく。


……そのまま、俺の世界は暗転した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る