第3話

第3話


姉は、夢術者らしい。


“らしい”というのは……その話は、一度姉が冗談混じりに言った以外に聞いたことがないからだ。


しかも俺はその夢術がどんなものか知らない。


知らないんだ。


竹花心呂という人間は、どんな人間なのかも。


彼女の完璧さは、夢術に頼ったものなのかも。


どうして、どうしてその全ては俺に勝てるものではないのかも。



でも少なくとも分かったことは。





俺はどうやら夢術という才能ですら、姉に勝てなかったということだ。






* * *



「…っはぁ、やっぱ来るんじゃなかったわ」


帰宅を急かす蛍の光。


スピーカーからいつもの音楽が流れ出した頃、俺達はやっと部室から這い出てきた。


「そんなこと言うなんて酷いなぁ」


藤先生が口を尖らせる。


「まぁ何の活動もしてないのは事実なのだよ」


歌うように、一高ワン子が言った。


そりゃそうだけど、と言ったきり言い返せない情けない教師。


俺は歩き出しながら後ろを振り返る。


部室の扉にぶら下がった白い札。


『 探偵倶楽部 』


乱雑な手書きの文字が踊っていた。


……そしてそれが、俺たちの部活の名前だった。


探偵倶楽部……正しくは、雑談サイコパス野郎倶楽部。


「はぁ……やっぱ名前改めた方が良いんじゃねえのか?」


俺のため息に、紗夜子がくすりと笑う。


「そうだね……だって私たち、何もしてないもんね。

探偵らしいこと」


「探偵らしいことどころか……推理のすの字もねぇよ」


俺は推理小説を読まない。


俺が読む本らしい本は夢術に関する本くらいだろう。


作られた理想も、惨劇も、都合の良い青春も興味なんてない。

そんな冗談なんて、読むだけ惨めなのだから。


現実だって同じだ。


物語によくあるような、心躍らせる事件なんて起きやしない。

鮮やかに事件を攫っていく探偵なんて存在しない。


あるのは、ただ退屈な日々の繰り返しだけ。


……分かってたよ。


「今、嫌なこと考えてたでしょ」


突然、紗夜子がぽつりと言う。


「なんか……嫌なこと」


別に目を見てくるわけじゃない。


何でもない世間話をするように、彼女は言う。


俺は口を開いて、閉じて。


どうにか言葉を絞り出した。


「別に」


退屈な日々の繰り返しだ。

特別なことがあるわけでもない。


「別に、悪いこととは思ってねえよ」


探偵倶楽部と言っても、駄弁って騒いでそれだけ。


それだけを、俺は悪いとは思わなかった。


悪いとは、思えなかった。


当に藤先生と一高ワン子は、廊下の先に歩いて行ってしまった。


残されたのは、俺と沙夜子と……夕暮れ。


「……そっか」


ふわり、と彼女は俺に背を向けた。


「卒業式、楽しみだね」


何気ない事を言ったきり、彼女は夕暮れの中に歩いていく。


オレンジ色の光が、彼女を淡く溶かした。


「泣くなよ、沙夜子」


俺は泣かないけども。


……彼女は、きっと泣くのだろう。


卒業式まであと2ヶ月。


この下らない生活だって2ヶ月だけ。


それを愛おしく思ってしまったのは、多分俺の気の迷いだ。


だけど___


「また明日な」







その願いは、果たされることはなかった。





「は?」





次の朝、沙夜子の机の上には空の花瓶が置いてあったのだから。



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