05夏空 ー森本天青ー

5-1

 飲食店、ダレガキ荘。



 今日は天の奢りだという。その代わり、天の過去を暴いてみよ。とのことだった。



「本当にいいのか?」


「もちろん。できるものならやってみると良いわ。あなたがこれまで行使してきた手腕、見せてちょうだいな」



 じゃあ。



「森本天青、二十四歳。青空高校二年生。過去に半グレ集団に所属し、バイクの暴走、恐喝、暴動、喧嘩、違法薬物の売買、暴力団とも関わりを持ち、関わった犯罪は数知れず。身内には殺人者も居たほどの悪人の道をまっしぐら。十九歳の時に捕まり、実刑判決で約三年半。出所直後に青空高校にスカウトされて入学。現在に至る」


「ストップ。ストーップ。わかった、私が悪かった。ごめんなさいでした」



 なんだ、どうした? 顔が赤いぞ。



「なんだ、もう酔ってるのか。まだ一杯目だぞ、ほれ、乾杯!」


「……どうやって知ったの、探偵さん」


「ん? ネットの週刊誌の記事とか、ネットニュースとか、そんなのを探り探り。まあ、表面的な角度でしか見てないし、事実しかわからないからその背景まではわからなかったけどな」


「ど、どうやって」


「ほら、バイクの写真撮っただろ? アレの画像検索。特別というか、変わった形していたからもしかしたらと思ったら、案の定」


「参りました」



 そう言うと、なにを思ったか、彼女はぐいっと飲み始めた。あまりにも良い飲みっぷりだったので、拍手してしまった。まるで煽っているかのようである。


 

 おかわりを注文しているのを見届けると、俺は枝豆を食べながら、つまみながら天に聞いた。



「それで、どうしてそんな事になっちまったんだよ。お世辞にも、あまり良い人生ってわけじゃなさそうじゃないか」


「話せば長い」


「長くなるからこうして腰を落ち着けて、酒を片手にしてるんだろ」


「あれは、あれは高校一年生の夏だ」



 そうやって彼女は話を始めた。







 ※ ※ ※













 高校一年生。夏。十六歳。まだまだ若くて、幼い頃。家庭環境が最悪だった。元々小さい頃から父親しかいなくて、片親、シングルファザーだった。父親はあまり家には帰らず、家に金は少なく、従って女の子は友達を頼るようになる。健全な友達はあまり寄り付かなくなり、次第に悪い友人と一緒になるようになり、家にも帰らなくなった。悪い友人のお兄さんが半グレ組織に属していて、その紹介で彼女も見習いとして入り浸るようになっていった。最初に覚えたのは酒だった。すぐに吐き気とめまいがしたが、無理に飲むうちに、慣れていった。慣れてしまった。煙草も教えられた。こっちも最初は咳き込んだ。笑われるうちに、意地になって、カッコつけて頑張った。頑張るところを間違えているのは言うまでもないが。酒と煙草ができるようになると、その仲間ができるようになり、組織の中でも仲間に入れてもらえるようになった。誰かに認めてもらえるというのが初めてだったので、すぐにのめり込んだ。犯罪だと知らずに、言われたことを片っ端からやっていった。バイクも教わり褒められるうちに、間違った教わり方で使い方をしてしまった。しかし、その時常識というのがなかった。それは昔からなく、教わらないで、中学生の時にかすかに教わったかもしれない授業の中身を封じ込めてしまったがゆえに、善悪の判断があまりできていなかった。仲間が全てだったのだ。仲間に指示されること、褒められること、認めれること。それが犯罪だと知らないままに、罪を重ねるままに重ねていった。



 暴力団の特殊詐欺をやっていたときだった。本人にその自覚はないが、しかしあれやこれやと動いているうちに、警察に目をつけられてついに逮捕された。半グレ組織として働くこと三年。組織は下っ端だけ切り捨てて逃げた。天は警察に素直だった。違うことは違うと言い、あっていることは合っていると頷いた。捜査は順調であるとともに、彼女のこれまでの重ねてきた罪もかなりの数で積み重なっていた。



 裁判では執行猶予無し、四年の実刑判決だった。刑務所の生活は退屈だった。言われたことを言われたとおりに過ごすのは、しかし、これまでと変わらないような気がした。天はこの期間で常識を覚える。当たり前を、世の中の当然を知る。同じ刑務所内の受刑者ですら憐れむような、物事の知らなさだった。だから色々と聞いた。教わった。刑務所内の図書館は一番利用した。限られた時間ではあったが、限られた書物であったが、勉強になった。バイクの正しい知識もこの時覚えたものである。



 刑務所は三年半で出ることになった。模範囚として、少し早く出ることができたのだ。実直で、真面目に、反省して、刑の内容も鑑みてのことだった。しかし、天にとってどこにも属さないことは初めてだった。刑務所を出て、自由になって。帰るところなんてなかった。今まで居たのは犯罪組織。もうあそこにはいることはできない。刑務所の中も、理由がなくなればそこに居ることはできなくなる。そう、帰るところがないのだ。どこにもいけない。行くことができない。そんな時、ふらふらと道を歩いていると、車が止まり、封筒を渡される。封を切って中を見るとそれは、青空碧天高校の招待状だった。『普通の学校に、普通の生活をしに来ませんか』そう書かれていた。すがるような思いだった。学生生活をやり直せる上に、普通の生活ができるなんて。断る理由はなかった。二秒で即答し、それから順を経て手続きを行なった。昨年、の夏に入学してきたのだった。




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