5-2

「……と、まあ、そんなところかな。大体は想像通りだったんじゃないかな。波乱万丈な人生に見えて、実は意外と大したことないんだよ、私の人生」


「そうか。でも、大変だったな。お疲れ」



 何杯目だろうか。ビールのジョッキを掲げて、何度目かの乾杯をする。ジョッキはぶつけていないけど。



 しかし、これで本当に、全員の話を聞いたことになる。過去のことを、ここに来るまでの、青空高校に来るまでのことを聞いたことになる。みんながみんな普通ではない人生を歩んできて、普通の人生を求めてこの場所に来た。果たして、俺はどうだろうか。俺はその一員になれるだろうか。普通になれるだろうか。普通の友だちになって、みんなと学生生活を送ることができるだろうか。やり直しは、みんなのそれぞれの学生生活のやり直しは叶うのだろうか。



「あ、それと。明日の放課後には必ず教室に来てね」


「明日? 何かあるのか」


「主役がいなくてどうするのよー」


「主役? 俺か。なんだ、歓迎会ならこの間やっただろう」


「違う違う。まあ、明日になれば分かるわよ」



 天はそれだけ言うと、ご機嫌にどんどんと飲み進めるのだった。しかし、本当にお酒に強いな。どこまで飲むつもりなんだろう。




 やがて俺と天のふたりは解散し、寮の部屋へそれぞれ戻った。お酒のせいもあってか、俺はすぐに眠った。



 それから翌日、二日酔い気味の頭の痛さに、やれやれと思いつつランニングに出てみると、外には天が居た。入口で煙草を吸っている。いつも煙草だな、こいつは。キスなんかしたら、タバコの匂いと酒の味しかしなさそうである。



「おはよう、天」


「おはよう、久くん」


「バイクの手入れか」


「そう。毎日、やらないとね」


「そうか、それは大変だな」


「まあ、最近あまり乗ってないから意味ないのかもしれないけど。ああ、そうだ。ほら、久くん一緒に行かない? まえ、バイク乗ってたって言っていたし。ああ、久くんと遠出したいな。なんて」


「そうだな、また今度な」



 俺はそうやって朝の挨拶をすると、駆け出していった。



 走る、走る。



 しかし、今日は抑えめのペースだった。走っても息は切れなかった。そしてやっぱり、俺はどうしても昨日のことを考えずにはいられなかった。



 天の過去。壮絶な過去。頑張って生きてきた過去。どうにもならなくて、流され、流れて、行き着いた最悪の結末。人生すべてを失って、精算して、それから今ここに居る。ここで笑っている。本当は彼女はどう考えているんだろうか。どう思っているのだろうか。どうして笑っていれるのだろうか。なぜ笑うことができるのだろうか。人生をやり直すというのはそんなにも簡単なことなのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。すごく難しくて、気合と根性がいる。必要だ。いくら新しい環境を手にしたとしても、その身を新しい環境に置いたのだとしても、笑って過ごせるのには、大変な覚悟が必要なんじゃないか。前科があるという負い目もあるだろう。うまくやれるかという不安もあるはずだ。それでも笑っていられるのは、彼女の強さだ。 



 俺は笑ってはいられていない。この学校での生活は常に不安だし、戸惑うことばかりだ。男もいない。良くわからない、ちょっと変わった女の子ばかりだ。しかしみんないいやつである。いい友人になれそうである。それだけは間違いなく言える。俺はそれは有り難いことだと思った。みんなの覚悟と不安を受け止めて、それぞれの事情を受け止めて、俺は普通に生きていかなければいけない。天とも、何事もなかったようにというのは無理だが、しかし、これまで通りに付き合うことはできるだろう。一番の友人になれるかもしれない。俺は野球やっていたときは、仲間は居ても友人はいなかった。最後の時も、かばってくれたり、フォローしてくれるやつはいなかった。



 今日の放課後、呼ばれていることを思い出した。何があるのだろうかと、思いながら走るペースを少し上げる。ランニングはさっさと終わらせて、朝飯でも食べて学校に備えておきたいと、そう思った。



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