第04話(SIDE C)


「帰りたい……帰りたい……帰りたい! お母さんとお父さんに会いたい! お母さんのシチューが食べたい……!」


 膝を抱えた里緒が涙を流した。葵が里緒を慰めようとしてその肩に触れ、こらえ切れずに大粒の涙を流す。二人は抱き合い、そのまま泣き続けた。

 そしてそれは里緒と葵だけではない。クラスメイトの女子のほとんどがすすり泣いている。木之本すらが涙を流し、それを隠すようにそっぽを向いた。女子の中で泣いていないのは若葉くらいだったが、彼女は腹が減りすぎて泣く気力もなくなっているだけだった。

 彼等一五人がこの「永遠の楽園」と呼ばれる迷宮に囚われ、脱出のための探索を開始して三三時間が経過。歩いた距離は三〇キロメートルから四〇キロメートル。戦闘は最初を除いて一回、遭遇したモンスターは一種類、手に入れたアイテムはゼロ。そして外にはたどり着けず、あとどれだけ歩けばいいのかも判らない。それらがこの探索の成果――つまりはほとんど全く成果なしだった。


「……完全に道に迷ったな」


「俺のせいだって言いたいのかよ!」


 つい口をついた愚痴に瀬田が怒鳴るが、匡平は「まだ元気だな」と思うだけだ。彼のように感情を動かす体力も今は惜しい。口を利くのも面倒だったが、


「お前がそう思いたいなら思えばいい」


 それでも皮肉が出てしまう自分を匡平は嗤った。それを「自分を嗤った」と判断した瀬田がさらに怒りを募らせた。


「昨日あれだけ歩いて結局外に出れなかったのは誰のせいだよ! あれで道が判らなくなったんじゃないか!」


「道が判らないのに『最初の場所に引き返そう』って言い出したのかよ」


 木之本の指摘に瀬田は言葉を詰まらせる。


「少なくとも今迷ってるのはてめーのせいだよ」


「じゃあお前が道案内しろよ! 他者(ひと)に責任押し付けていないで!」


「他者の責任を言い立ててばっかりなのはてめーだろうがよ」


 激高した瀬田が立ち上がるが、匡平と若葉が彼を一瞥。その牽制に彼は「くそっ」と吐き捨てながらその場に座り込んだ。

 彼等は今、追い詰められている。食料は初日にほとんどなくなり、二日目はほぼ絶食。三日目である今日は完全に絶食状態だ。水だけはいくらでもあるから未だ活動可能だが、その時間ももう残りわずかのように思われた。食料がどこかにないかひたすら考え抜き、そして元いた場所――彼等が最初にこの迷宮で目覚めた場所に戻ることを思いついたのだ。


「この三日散々歩いてここまで来たのに、また元に戻るのかよ」


「大体、元の場所への道が判るのか?」


 反対するのは一人や二人ではなかったが瀬田が強硬にそれを主張し、強引に押し通してしまったのだ。だが彼等の中でマッピングをしていた者がいるわけではなく、当然のように道を間違え、こうして全く見覚えのないところに入り込んでしまっている。

 そして今は、適当な小部屋を休憩所として休んでいるところだった。彼等一五人はそれぞれの場所で身体を横たえ、余計なエネルギーの消費を抑えようとしている。夜が明けたら、明日になればまた歩き回らなければならないのだから。


「これだけ歩いて、どうして外に着かない。明日もまた歩き回って、それで外に出られるのか?」


 そもそもこの迷宮に出口はあるのか――匡平は深刻な疑念に囚われている。空回りする思考と、痛みを覚えるほどの空腹を抱え、彼は遅くまで寝入ることができなかった。

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