第22話 避難

 武彦たちは街の中を走り回りながら、どこか安全な場所を探した。魔族と魔法使いの激しい戦いで、数分前までは美しかったお祭り会場の面影はなかった。樹木は引き裂かれ、家は崩壊していた。そしてどこもかしこも魔族に占領されていた。武彦たちは絶望した。


「どこに行けばいい」


 武彦は魔族に見つからないように身を潜めた。フェリシアは地面に倒れている人を見て怯えていた。


「うそ、うそよ」

「フェリシア!」


 うろたえるフェリシアに武彦は呼びかけた。フェリシアは気を取り戻して言った。


「だ、大聖堂に行きましょう。そこに魔法師団がいるかもしれない」

「わかった」


 武彦はフェリシアの手を握りしめた。

 魔族に見つからないように瓦礫に身を隠して移動する。魔族たちはまだ壊れていない家をしらみつぶしに破壊していた。武彦は地図を見ながら大聖堂を目指す。大聖堂は真白な石で建設されており、遠くからよく見えた。大聖堂の周りには鎧を着た人たちが剣を持って警戒している。周りに魔族の姿は見えない。武彦は助かったと思い、大聖堂へ走り出した。


「助けてください!」


 武彦は手を振りながら存在をアピールする。しかし、魔法師団の顔は怖い顔をして武彦たちに剣を向けた。どうして? 武彦は魔法師団に敵意を向けられていると思った。魔法師団の剣から火球が放たれる。飛球は武彦に当たらないギリギリで横切った。後ろから悲鳴が聞こえる。


「ギャー」


 振り返ると、魔族が火に燃え苦しんでいた。魔族が気配を消して後ろにいたのだ。武彦は魔法師団が助けてくれたことを理解した。


「今だ! はやくこっちに!」


 魔法師団が叫ぶ。武彦とフェリシアは大聖堂の中に転がるように入った。

 大聖堂の中は人であふれていた。皆ぼろぼろになりながら身を寄せ合っている。鎧を着た青年が武彦とフェリシアに近づいてきた。


「君たちは無事か? もし動けるなら私たちに協力してほしい。障壁を張るだけでもいい」


 大聖堂を見渡すと、傷つきながらも詠唱し、杖を掲げる人々の姿が目に入った。武彦が返事をしようとしたとき、瓶の割れる音が鳴った。隣には脇腹を押さえながら、その場に座り込んでいる男がいた。脇は赤く染まっている。男の近くには大量の酒を飲んだ後と、散らかった食べ物ある。男はさらに酒を飲み干すと、乱暴に床に投げ捨てた。


「いくなお前たち! 行くだけ無駄死にさ! もうおしまいだよ。魔王が来た。守護者は殺された。この世界はおしまいだ」


 男は鎧の青年を睨むと、武彦の腕を引っ張り無理矢理隣に座らせた。そして、食べろというように、お祭りの料理を武彦の口に突っ込ませる。武彦はどうしようと困っていると、大聖堂の扉が勢いよく開かれた。


「魔王の動きが止まっています! 誰かが戦ってくれているようです!」

「誰だ?」

「わかりません。私たちも応戦しますか?」


 魔王と戦っているのはモイラだ。武彦は彼女が生きていることにほっとした。


「しかし、ここも狙われている。障壁の強度もギリギリだ。魔王でなくても、魔族に大勢狙われたら持たない」


 魔法師団たちがそんな話をしていると、大聖堂の窓が赤く光った。遠くから聞こえる爆発音とともにビリビリと空気が震える。


「なんだ!?」


 魔法師団の青年は窓の外を見た。空気の震えが止まり、赤い光も収まった。開かれた扉から魔法師団が数人入ってくる。


「魔王の姿が見えません。さっきの爆発は魔王のいたところです」

「た、倒したのか?」


 魔王の脅威が消えても、魔族たちは街にまだ残っている。武彦とフェリシアはこのまま大聖堂に残ることになった。



 ◇



 世界を守る結界は完全に消え、魔法使いと魔族の世界の壁がなくなった。自由に出入りする魔族が生き残った魔法使いを探しに来る。大聖堂に避難してきた人と魔法師団が交代で障壁を張り続けた。

 武彦は障壁を破壊しようとしてきた魔族を魔法の風で吹き飛ばした。威力を気にすることはないと武彦は思った。街は破壊されているし、魔族の命の心配などしなくていい。武彦は目に入った魔族を作業のように吹き飛ばしながら、お祭りで離ればなれになった二人のことを心配した。リナシーはどこに行ったのだろうか。先に帰ったレドモンドはどうしているのか。二人は無事なのか。そんなことを考えていると、肩を叩かれた。交代の時間だ。武彦は暗い表情のまま大聖堂の中に戻った。


「エーテル教会に連絡は取れたか?」

「ええ、コーリー様は無事のようです」


 魔法師団が集まり、話し合っている。

 武彦とフェリシアは身を寄せ合っていた。寄りかかるフェリシアの暖かさにほっとする。


「お兄様は無事かしら」


 フェリシアの兄はこの混乱が起きる前に魔法師団とともに前線で戦っている。


「無事だよ、きっと」


 武彦はフェリシアの兄が無事だという確証はないまま、そう言ってみた。フェリシアを安心させるというのもあったが、武彦も自分自身に言い聞かせていた。武彦はこの世界が終わるとは信じたくなかった。魔王が消えたというのに、魔族の脅威はまだ残っている。武彦は自分の力が足りないことを悔やんだ。自分と歳の近い者も勇敢に戦っているのに、武彦にできることは魔族を風で遠ざけることだけだった。

 武彦はフェリシアの手を握りしめた。彼女は唯一の心の支えだ。武彦はフェリシアに笑顔を見せようとしたが、笑うことができなかった。


「君たち、聞いてくれ」


 魔法師団のリーダーが声をかける。


「エーテル協会から連絡があった。魔王の気配は国から消えたが、魔族の軍はまだ残っている。協会は魔族に国に乗り込むことに決めた。魔族をすべて滅ぼすのだ。戦える者は皆来てくれ」

「えっ、ここはどうするのですか?」


 フェリシアが驚いて聞く。


「ここはもう持ちこたえられない。ここは放棄する。けが人を運ぶのを手伝ってくれ」

「この街が魔族に乗っ取られてしまいます」


 武彦は悲しそうに言った。何度も遊びに来た街だ。見捨てる気になれなかった。


「それは仕方ない。このままここに残っても街で死ぬだけだ」


 武彦はなにも言えなくなった。この人言うとおりだ。ここに残ってもできることはない。フェリシアが代わりに答える。


「わかりました。その聞きたいことがあるのですが……」


 フェリシアはそこまで言うと言葉を詰まらせた。男はフェリシアの言葉を待った。フェリシアは深呼吸すると続きを口にした。


「あの、ロジェ・ピンクローズをご存じですか? 私の兄が魔法師団とともに戦っているんです」

「ああ、知っているよ。彼はとても優秀な魔法使いだったよ」

「兄はどこに?」

「ロジェ君が配属された軍は多くの犠牲者を出して、撤退したよ。けが人がちょうどエーテル協会に運び込まれている。君のお兄さんも……いるといいな」


 男は鎧の兜と少しずらすと目元を隠した。



 ◇



 今夜エーテル協会に出発する。幸いほとんどの人が箒を持っていた。箒と箒の間に布をつけて、担架をつくり、そこにけが人を横に寝かせた。


「障壁を張りながら飛ぶ。私たちは魔族の攻撃から守ることに専念するよ」


 大聖堂の天井に穴を開けると、全員一斉に飛び出した。武彦はフェリシアの箒に乗って魔族がいないか見張った。赤い目が暗い夜の中で光っている。異変に気がついたのだろう。赤い目の集団が地面に集まっている。


「魔族だ!」


 魔法師団の魔法と地面の魔族の魔法が同時に放たれた。魔法と魔法がぶつかり合い爆発する。


「武彦! 上よ!」

 フェリシアが叫んだ。上空に翼をはやした魔族が飛んでいる。キラリと光る爪で障壁を破ろうと攻撃した。武彦は爆風を魔族に向かって放つ。


「もうすぐだ! 頑張れ!」


 激しい戦闘で皆疲れ切っていた。エーテル協会の建物が遠くに見える。あと少し。その時、魔族が雄叫びを上げて、障壁を破った。鋭い爪が、人々に襲いかかる。


「させるか!」


 魔法師団が盾になる。他の魔族も同じように飛びかかろうとする。武彦は魔族以外の人を風で吹き飛ばす恐れがあり、手が止まった。ああ、また見ているだけなのか。そう思った時。

 遠くから青い稲妻が飛んでくる。その稲妻は魔族だけに当たり、次々と魔族を落としていく。エーテル協会の方向から飛んできている。そこには多くの魔法師団が待ち構えてきた。

 援軍の登場に魔族たちは撤退した。武彦たちは無事にエーテル協会にたどり着いた。

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