第23話 絶望

 エーテル協会の建物は、白く大きく輝やく。しかし、その美しさは傷ついた者や遺体に覆われていた。武彦たちは魔法師団に連れられて中に入った。中は血と涙で満ちていた。武彦は、自分の目を疑った。ここも壊滅的な状況であることに。傷だらけの人が怪我人を治療している姿は異様だった。重傷の者は包帯で巻かれ、治療用と思われる魔方陣の上に寝かせられている。魔法を使っている者も疲弊していた。


「お兄様!」


 フェリシアは傷ついた者から兄を探した。武彦も手伝ったが、見つけることはできなかった。フェリシアは重い足取りで並べられた遺体を探し出した。武彦もフェリシアの横に並んで探した。遺体の周りには遺族と思われる人々がすがりつくように涙を流している。ここで見つけたくない。武彦は心を締め付けられた。


 遺体の中にもいなかった。武彦は謎の安心感にほっとため息をついたが、フェリシアの足取りは止まらなかった。目立たない部屋の隅へと向かっていく。そこには人が集まっていた。

 武彦はフェリシアの後を追いかけ、人をかき分けた。その先のものに武彦は息をのんだ。黒くくすんだものがかき集められている。折れた杖、ネックレス、指輪、ぬいぐるみなど。遺品だ。

 武彦がフェリシアを見ると、彼女は凍り付いていた。フェリシアは震える手でブレスレットを拾い上げる。それは金属製のブレスレットで、激しくゆがんでいた。彼女はブレスレットの裏に書かれた文字をなぞると、ブレスレットを胸に押し当てて泣き崩れた。


「嫌……嫌よ……お兄様……」


 武彦は、なにも言えずにフェリシアの肩を抱くと、その場から連れ出した。フェリシアの兄は死んだのだ。それを確信した。フェリシアは武彦の胸にしがみついて泣き続けた。



 ◇



「皆さん! 集まってください! お話があります!」


 エーテル協会のコーリーが声をかける。


「皆さん、聞いてください。需要な報告があります」


 コーリーは真剣な表情で言った。


「魔王の気配は国から消えましたが、油断はできません。魔族の軍もまだ残っています。私たちは魔族の国に乗り込むことを決めました。魔族をすべて滅ぼすのです」


 コーリーの言葉に拍手が起こった。ここにいる者のすべてが魔族への怒りと復讐心で満ちている。


「それと、タケヒコくん。あとでこちらに来てください」


 武彦は自分の名前を呼ばれて驚いた。周囲のひとも同様に驚いて武彦を見ている。解散のあとにコーリーのところに行く。魔法師団が壁のように二人を囲んだ。妙な緊張感のなか、コーリーがひそひそ声を出す。


「魔族から交換条件を出されました。『ササヤマタケヒコ』をこちらに渡せば、撤退すると」

「ぼく?」


 武彦は自分の耳を疑った。


「どうしてぼくが……?」


 武彦は理由がわからなかった。


「それはわかりません。しかし、魔族はあなたに興味を持っているようです。何か彼らと関係を持っていませんか?」


 コーリーの質問に武彦は首を振った。武彦は恐る恐るコーリーの目を見た。彼は自分をどうするつもりなのか気になった。彼はまっすぐな瞳で武彦を見つめていた。


「安心してください。あなたを魔族に渡すなんてありえません」


 コーリーは優しく笑った。


「私たちは全員で魔族の国に行き、捕まった人たちの救出と魔族討伐を始めます。タケヒコくんも一緒に来てください。あなたの力が必要です」


 コーリーは武彦に協力を求めた。武彦は迷った。自分が魔族に狙われているというのに、戦場に行くのは危険だ。しかし、自分が逃げるのも卑怯だ。多くの人が魔族に殺されたり、捕まったりしたのだ。自分も何かしなければならない。


「わかりました……ぼくも行きます」


 武彦は決心した。


「よく言ってくれました。では、準備を始めましょう」


 コーリーは笑顔で言った。

 武彦の心の中は不安がよぎった。魔族がなぜ自分を欲しているのかがわからない。武彦は自分の運命を感じて震えた。



 ◇



 武彦とフェリシアは、エーテル協会の中で休んでいた。武彦はフェリシアの背中を優しくさすり彼女を慰めた。フェリシアの涙は止まっていたが、放心状態だ。心の支えだったフェリシアが悲痛な姿に武彦の心は押し潰されそうになっている。


「タケヒコくん! フェリシアさん!」


 その時、武彦の名前を呼ぶ懐かしい声を聞いた。武彦が振り返ると、目を見張った。


「リナシー! レドモンド!」


 武彦は驚きと嬉しさで立ち上がる。


「タケヒコくん! よかった! 生きていたんだね」


 リナシーは涙を流しながら武彦に飛びついた。武彦から離れると、宙を見つめているフェリシアも気にせずに抱きついた。武彦は血だらけのレドモンドと握手をした。


「レドモンド、よく無事だったね。どうやってここまで来たの?」

「学園長が偶然学園に残ってたんだ。一緒に来たんだよ。リナシーはなぜか学園にいた」

「学園長も無事なのか?」

「私たちをかばって怪我をしたけど、今は治療を受けているよ。大丈夫って言ってたよ」


 レドモンドとリナシーはそう言って安心させてくれた。


「それは良かった」


 武彦はほっとした。リナシーとレドモンドが無事だった。それだけでも救われる気がした。



 ◇



 武彦たちは学園長の見舞いに行った。フェリシアはブレスレットを握りしめたままふらふらとついてきた。厳重に警備されたなかに学園長はベッドの上に横になっている。学園長は武彦たちの顔を見ると、泣きそうな顔で微笑んだ。

 扉の叩く音が聞こえる。


「失礼」


 その声とともにコーリーが部屋の中に入ってくる。学園長のベッドの側に立った。武彦たちは邪魔にならないようにと少しベッドから離れた。


「デューティー学園長。体調はいかがですか」

「おかげさまで。大分怪我は治りました。すぐに私も戦場に出られますよ」


 学園長は上半身を起こし、笑顔で腕を回して見せた。コーリーは続けた。


「火の結晶をあなたに預けたはずです。いま結晶はどこに?」


 学園長から笑顔が消え、真剣な表情に変わった。


「モイラ・プリムラに渡しました。託せるのは彼女しかいませんでしたから」

「彼女はいまどこに?」


 コーリーの質問に学園長は首を振る。話を聞いていた武彦は恐る恐る手を上げた。


「あの、ぼく、モイラさんに会いました」

「本当か!? 彼女はどこにいる!!」


 コーリーが武彦の言葉に飛びついた。武彦は口ごもりながら答えた。


「モイラさんは魔王と戦って、僕たちを逃がしてくれました。その後のことは……わかりません」


 武彦は同じ場にいたフェリシアをちらりと見たが、彼女はブレスレットを見続けて上の空だった。


「魔王と……そうか、そういうことか」


 コーリーは頭を抱えた。ベッドの側にあった椅子を引き寄せると、その椅子に座った。


「魔王を消し飛ばした爆発は火の結晶の力に違いない。なんてことだ。対抗手段を失った。彼女もきっと爆破とともに死んだはずだ」


 コーリーの嘆きにリナシーが反応した。


「モイラさんが死んだ!? 勝手なことを言わないでください! モイラさんは生きています。絶対に!」


 リナシーはそれだけ言うと部屋から飛び出した。武彦はショックだった。モイラが死んだということが受け入れられなかった。魔王を消した大爆発。瞬間移動の使える彼女がいつまで経ってもここに来ない。生きている可能性がないことは頭でわかっていた。

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