第17話 演奏会の準備
「もう少しテンポを速くしてみる?」
ずらりと並べられたキノコを叩きながらフェリシアが言った。叩かれたキノコから心地よい打撃音が鳴る。
放課後、四人で広場に集まり、演奏の練習をしていた。コンテストの出し物だ。武彦の提案した曲が採用され、武彦の記憶を元に編曲されていく。
巨大な巻き貝の先から息を吹き込むと、美しい音色とキラキラと光る物が流れ出る。虹色に光るユニコーンのたてがみを弦に使われているハープは、はじくとシャボン玉が現れた。
武彦は真剣に取りかかった。元の世界に戻れないことを受け入れ、この思い出の曲だけはこの世界に残したいと思っていた。必死に頭の記憶を掘り起こし、曲を作り上げる。
そんな武彦の姿をして、はじめは乗り気でなかったリナシーも頑張ろうとしている。レドモンドは相変わらず面倒くさそうにしていたが、演奏技術は誰よりも上手く、黙って付き合っている。彼らの協力のおかげで、武彦の聞きなじみのある曲に近づいた。
「うん、こんな感じの曲だよ」
武彦は満足そうに言った。出来上がった曲を聴いて、落ち込んだ心が癒やされていく。
「でもタケヒコくんの歌ってくれた曲よりテンポが速いけどいいの?」
リナシーが完成した楽譜を不安そうにパラパラとめくる。武彦は優しい声で言った。
「大丈夫だよ。お祭り用にはこのくらいがちょうどいいよ」
武彦は抱えた巻き貝の楽器を撫でなでた。空はオレンジ色に染まっている。フェリシアは立ち上がった。
「わかったわ。これで行きましょう。みんなお祭りまでに練習をたくさんするのよ!」
解散して四人は担当の楽器を持ってそれぞれの帰路についた。
武彦は寮に戻るとさっそく練習をした。寮から少し離れた森の中で、自分で奏でる音を聞く。元の世界に別れを告げるように気持ちを込めながら。
◇
街はお祭りの準備で、徐々に彩られている。武彦はあれから華純の店に訪れたが、店はどこになかった。まるで最初から無かったかのように。
お祭りまで残りわずか。練習場所の広場に行くと、リナシーとレドモンドがもう練習を始めている。しかし、フェリシアの姿がなかった。いつも一番に来る人なのに珍しいと武彦は思った。
「フェリシアまだ来てないんだね。珍しい」
武彦は手頃な岩に腰掛ける。リナシーが演奏をやめると、武彦に教えてくれた。
「お兄さんに少し会いに行くとは言っていたけど確かに遅いね」
リナシーはどうしたのだろうと首をかしげる。レドモンドも楽器を置いてわざとらしくため息をつく。
「人にやれと言っておいて自分がさぼるとはいい度胸だ」
レドモンドは伸びをしながら立ち上がると、地面に寝転がる。レドモンドはそのままに、二人で練習を始める。しばらくして、遠くからとふらふらと歩いてくるフェリシアの姿が見えた。何かあったのかとリナシーとともに武彦は駆け寄った。フェリシアは暗い顔のまま歩き続け、二人が練習していた場所の岩に腰を落とした。
「どうしたの? フェリシア。元気ないよ」
「フェリシアさん?」
二人で心配の声をかける。フェリシアは泣きそうな顔をしていた。
「お、お兄様が前線に行かれるって……」
それだけ言うと、顔を隠して泣き出した。前線。つまりフェリシアの兄、ロジェは魔族と戦うことになったのだ。
「え、お兄さんまだ学生でしょ。なんで?」
武彦は疑問だった。魔族と戦うのは魔法師団と教えてもらっていた。それなのになぜ、学生の身であるロジェが戦いに行くのかわからなかった。
地面に寝転んでいるレドモンドが上半身を起こした。
「俺なら喜んで行くけどな」
とレドモンドは余計なことを言う。いつものフェリシアなら怒るが、今回はそのまま顔を伏せている。
「おい、今そんなことを言うなよ」
武彦が代わりに怒ったが、レドモンドはあぐらを組んでいた。
「いっただろう。魔法師団の手に負えなくなっているって。高等部の生徒が戦場に連れて行かれるのも時間の問題だったんだ。泣いている暇はないぞ。次は俺たちだ」
練習という雰囲気ではなくなり、レドモンドは帰ると言って立ち去った。残された三人の間に沈黙が流れる。泣いていたフェリシアは、涙を拭うと深呼吸をして顔を上げた。
「泣いている場合じゃないわね。ごめんなさい取り乱して」
目は真っ赤になっていたが、冷静な顔になっていた。
「お兄様を応援する気持ちも込めて、私、コンテストを成功させたいの。有名になってお兄様の耳にも届くように」
フェリシアの言葉に武彦とリナシーは力強く頷いた。武彦片手を伸ばす。その上にフェリシアの手とリナシーの手が重なる。
「絶対に成功させよう!」
武彦のかけ声とともに円陣を切った。
◇
練習が再開された。普段通りに戻ったフェリシアはレドモンドを引っ張って広場まで連れてくる。曲はもう完璧だ。大人数に聞かせることに慣れるため、森の奥にすむ妖精たちに聞かせる。はじめ緊張していたリナシーも落ち着いて演奏できるようになった。あとはお祭りが始まるのを待つだけだ。練習の帰り、フェリシアが武彦に近づき、そっと耳打ちをする。
「あのね、タケヒコ。武彦が教えてくれた手作りのお守りをお兄様に渡したの」
お守り。それはフェリシアが泣いた日に武彦がこっそり教えたものだ。手作りのお守りを渡したらどうだと提案していた。フェリシアは嬉しそうにしている。
「お兄様は笑顔でありがとうと言ってくれたわ」
「喜んでくれて良かったよ」
「お兄様は強い人よ。絶対に魔族なんかに負けたりしないわ」
そう言うとフェリシアは箒に乗って飛び去った。
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