第18話 平和の祝祭とコンテスト

「あれ? デオン先生? ムスクロ先生はどうしたんですか?」


 一人の生徒が疑問の声をあげた。

 魔法防衛術の教室にいたのは魔法理論を担当するデオン先生だ。デオン先生は口ごもりながら答えた。


「ムスクロ先生は長期休暇を取りました。私が代わりに授業を担当することになります。さあ、無駄なおしゃべりはここまで。さっそく防壁魔法の練習を始めましょう」


 デオン先生の言葉に教室がざわつきだす。


「ムスクロ先生も長期休暇? モントル先生も休みだったな」

「ロータ先生も取っていたよね」


 授業が始まっても生徒たちのざわつきは収まらなかった。武彦は先生たちが次々と長期休暇を取って学園からいなくなることに嫌な予感を感じた。高等部の生徒たちの姿も学園から見かけることが少なくなっている。彼らは魔族との戦いに行っているのではないか、それほど魔族との戦いが激しくなっているのではないかと思った。


 生徒たちの先生の話題も次第にお祭りの話に切り替わる。明日から平和の祝祭が始まるのだ。どこに行くか、コンテストの話など生徒たちは魔法で防壁を貼りながらそんな話をしている。いつものなら注意するデオン先生も、今回は何も言わず授業を進めていった。



 ◇



 平和の祝祭の当日。武彦は楽譜と巻き貝の楽器を持って広場に集まった。広場には武彦たちと同じようにお祭りに行く生徒たちの集合場所になっており、たくさんの人であふれかえっている。武彦は群衆の中をきょろきょろと探し回ると、リナシーの声が聞こえてきた。


「タケヒコくん。こっちだよ」


 腕を大きく振っているリナシーの姿が見えた。そこにはフェリシアとレドモンドもいた。武彦は人をかき分けてその場に急いだ。


「遅いわね」


 フェリシアは箒の後ろにぶら下げている大きな鞄を開けると武彦の持っている楽器と楽譜を掴み、鞄の中にしまった。武彦がフェリシアの箒の後ろに乗ると、フェリシアは箒を浮かび上がらせた。空には多くの人たちが空を飛んでいる。お祭りに行く人がほとんどのようで、同じ方向に飛んでいく。


「さあ、ツリー街に行くわよ。コンテストが始まるわ」


 フェリシアのかけ声とともに、四人は街を目指して出発した。

 空から下を見ると、道にキラキラと光る明かりが飾り付けられていることがわかる。街に近づくにつれて、その飾り付けが豪華になっていく。ツリー街の樹木はまるでクリスマスツリーのように飾り付けられている。木の枝には色とりどりの小物がぶら下がっている。木の周囲に光る球がぐるぐるとまわっていた。すべての樹木が飾り付けられている様子は圧巻だ。


「すごい祭りだね」


 武彦は木々を見上げると、思わず笑みがこぼれた。木の枝の部分にも飾り以外に出店のようなものがぶら下がっており、箒に乗った人々が食べ物を買っていた。地面と空、出店と人でいっぱいだ。


「美味しい食べものもたくさんあるよ。妖精たちの空のパレードもとても綺麗なの」


 後ろから、箒に乗ったリナシーが教えてくれた。


「楽しそうだね。みんなで回ろうよ」


 武彦ははやくお祭りを楽しみたい気持ちになってくる。しかし、魔法の雲に乗って移動しているレドモンドが武彦の言葉に反対した。


「俺はパス。人が多くて嫌になる」

「そんなこというなよ」


 そんな話をしているとフェリシアが呆れた声で言った。


「お祭りを楽しむのは後よ、まずはコンテストを無事に終えないと」


 街の中央に大きなステージが設営されている。コンテスト会場だ。コンテストの出場者と思われる人々は、隣に建てられたテントで出入りしていた。いよいよだ。武彦は本番が近いことに緊張していた。


 箒から降りると、武彦たちはテントに入った。中は多くの人でいっぱいだ。豪華な衣装に身にまとう者、隅で練習をする者、鏡の前で自分を勇気づけている者など様々だ。テントの壁には映像を映し出す目玉生物もいて、コンテスト会場の様子を映し出している。武彦たちの出番は16番目だ。一組、一組、次々とパフォーマンスが終わっていく。番号が近づくにつれて、心臓の音も大きくなっていく。隣のリナシーがそんな武彦に気を遣うように、手を重ねた。リナシーの手のひらは汗で湿っていることに気づくと、武彦はリナシーの顔を見た。


「緊張するね」


 武彦と目が合ったリナシーは小声で微笑んだ。



 ◇



 15組目の人たちがコンテスト会場にいる。武彦は深呼吸を繰り返した。次が出番だ。テントの外から聞こえてくる拍手を聞きながら、武彦たちはテントの外に出た。会場の周りには観客がたくさんいる。空に浮んだ椅子にも多くの人が見ていた。武彦はステージの上で巻き貝の楽器を強く握りしめた。自分の大量の手汗を感じながら、フェリシア、リナシー、レドモンドと目で合図を送った。大丈夫。そう自分に言い聞かせながら、楽器に息を吹き込んだ。


 会場全体に自分の奏でる音が響く。武彦の音にフェリシアの音が重なり、次にリナシーとレドモンドが演奏を始めた。すべての音が一つになった時、観客の一人が踊りだした。その動きが波紋のように広がり、会場にいる人々が次々と音楽に身を任せて踊り始める。その光景に武彦は曲が受け入れられた喜びと、会場が一体となって盛り上がっていることのうれしさで、緊張が消えていくのを感じた。


 曲が終わると拍手喝采の中、武彦たちはステージを後にした。ステージから降りると、フェリシアが武彦に抱きついた。


「やったわ。タケヒコ!大成功よ」


 武彦を抱きしめたままその場をぴょんぴょんと飛びはねた。いきなりの行動に武彦は驚いたが、フェリシアの背中を軽く叩いた。


「苦しいよ、フェリシア。でも盛り上がって良かったよ」


 フェリシアは武彦を離すと恥ずかしそうに髪を整えた。


「嬉しくてつい。リナシー、レドモンド。あなたたちもありがとう。素敵な演奏だったわ」

「えへへ。上手くできて良かった。優勝できるかな」


 リナシーは顔を赤くして笑っている。フェリシアは楽器を鞄にしまうと箒を取り出した。


「コンテストの結果が出るまでには時間があるし、いろんなところを回りましょう」

「おっと、出番も終わったし俺は帰るよ。」


 レドモンドは雲を魔法で出すと、乗り込んだ。武彦は慌てて引き留める。


「せっかくだから一緒に行こうよ」

「嫌だね。お気楽なお前たちとは違うんだ」


 武彦の手を振り払うと、レドモンドはそのまま学園の方向へ飛んでいった。

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