第16話 武彦の真実

 壁の奥の通路は瓦礫で塞がれ、水も噴き出して進むことができなかった。おそらく地下に続くトンネルも崩れていると思われる。フェリシアは自分の杖を見ながら言った。


「さすがにこの規模を直すのは骨が折れるわ。とりあえず、タケヒコが見た情報だけでも知らせましょう」


 レドモンドは武彦が魔族たちをかばっていることに納得していない様子だったが、しぶしぶと従い四人は学園へ戻った。



 ◇



 学園長に報告を済ませると、武彦はモイラのいる場所に急いだ。リナシーから場所を聞き出し、魔法薬研究室に行った。中は小さな部屋で、テーブルの上に本や紙の束が大量に置かれている。研究室にはモイラ以外誰もいなかった。武彦は息を切らしたまま、興奮状態でモイラに話しかけた。


「モ、モイラさん。聞いてください!魔方陣が、魔方陣がありました」

「どうしたの、タケヒコくん。落ち着きなよ」


 モイラは武彦が息を整えるのを待った。落ち着いた武彦は、ゆっくりとしゃべり始めた。


「アルティス街近くの村の遺跡から、ぼくが召喚されたとされる魔方陣に似たものを見つけたんです。なにか手がかりになりませんか?」


 モイラは腕を組んで考え込んだ。


「うーん。似ている魔方陣か。あの魔方陣そのままではないのね。なにか別の魔法を組み合わせているかもね」


 そう言うとモイラは、テーブルに積まれた紙を引っ張り出し並べ始めた。様々な魔方陣が描かれている。その中の一つに気になるものを見つけた。武彦はその魔方陣が描かれた紙を手に取り、モイラに見せる。


「ほんの一部ですけど、遺跡にあった魔方陣と模様が似ています」

「時間を巻き戻す魔方陣だね。大昔に研究された魔方陣だよ」


 モイラは紙を受け取ると、ペンを取り、まだ何も書かれていない紙に描きだした。それは遺跡で描かれていた魔方陣だった。


「時空を移動する魔方陣だね」


 モイラの言葉に武彦は反応し、かすかな希望を抱いて、恐る恐る聞いてみた。


「この魔方陣なら元の世界に帰れますか?」

「うーん。無理だね」


 モイラの返答に武彦は肩を落とした。モイラは魔方陣をさらにペンで書き足しながら言う。


「この魔方陣では物ぐらいしか移動できないね。魂のある生き物を移動させるには、莫大な魔力が必要だよ。この世界の生命が持つエーテルと魔力を合わせても無理だね」


 もっと絶望的な答えを聞いて武彦はさらに落ち込むが、ふと疑問を浮んでくる。


「それほどの魔力を必要とするのに、ぼくはどうやってこの世界に召喚されたのですかね?」


 頭に浮んだことをそのまま口にした。それを聞いたモイラは暗い顔をする。重々しく口を開いた。


「生命体の場合は莫大な魔力が必要だよ。でも。物ならそれより少ない魔力で可能になる」

「どういう意味ですか?」

「……タケヒコくんは一度死体としてこの世界に来たのではないかな。そしてこの世界で新たな生命を与えられた。タケヒコくんの中にエーテルが流れている理由はそれかな」


 衝撃的なことを聞き、武彦は驚いた。


「ぼくが一度死んでいる!?」

「世界はお互い干渉しないことでバランスを保っている。別の世界から来たタケヒコくんはこの世界のバランスを崩す異物だ。この世界は異物の君をこの世界のものとして生返らせることで、バランスを保とうとしたんじゃないかな?」

「じゃあ、ぼくはもう帰れないのですか!?」


 武彦の悲痛な叫びにモイラは悲しそうな顔をした。



 ◇



 武彦は暗い顔のまま残りの一日を過ごした。次の日も変わらなかった。お昼ご飯も食べられず、暗い顔で座っていた。フェリシアが手に持っている紙をパシパシと叩く。


「なんか、死にそうな顔ね、タケヒコ。コンテストの計画の話に集中してよ」


 武彦はフェリシアをゆっくりと見た。その様子をレドモンドが呆れたような声で言った。


「昨日は魔族をかばい、今日は死人のような顔をする。情緒が大変だな」


 面倒くさい奴だとレドモンドは思っているようだ。リナシーは心配そうな顔で武彦の顔を見る。


「タケヒコくん、また悩み事?」


 武彦はリナシーの顔を見ると、元気のない声でお願いした。


「リナシー今度の休みに街に行きたいんだ。お願いできるかな?」

「う、うん。いいよ。タケヒコくんの助けになるなら」


 リナシーは武彦の頼みを快く受け入れた。



 ◇



 休みの日、武彦は華純の店に来た。自分たちは元の世界に戻ることが不可能に近いことを知らせるためだ。暗く沈んだ気持ちで武彦は店へ入った。店を見渡しても誰もいない。華純は裏の部屋にいるのだろうかと思い、行くことにした。


 部屋の扉に鍵はかかっていない。中を見渡しても華純の姿はなかった。武彦は壁に貼られた元の世界の風景画にすがるように手で触って回った。もう二度とこの目で見ることができない景色を泣きそうな顔で見て回る。

 部屋の端まで移動したとき、壁の一部に違和感を覚えた。遺跡で目撃した封印の模様が薄らと描かれている。武彦は壁の奥に何かあると思い、模様をなぞった。壁を押すと模様が光り、壁が回転扉のように開く。武彦は壁の奥の部屋に入った。


 中は明かり一つない暗い部屋。武彦は魔法で明かりをつけると、そこにあるものに息をのんだ。床に魔方陣が描かれている。遺跡のものと同じだ。華純は元に戻る方法を探していたことを思い出し、彼女が見つけ出したものなのかと思った。


 武彦はゆっくりと魔方陣に近づいた。魔方陣の周囲には紙が散らばっている。拾ってみると紙には、子どもの顔が描かれていた。隣の紙には、少し成長した子どもや青年の姿が描かれている。華純に少し似ている。

 これらは華純の子どもなのだろうと思い、さらに他の紙を見る。そこには、華純の夫に似た子どもや目つきが違うけれど華純そっくりな子どもなどが描かれている。武彦は何枚もの紙を見比べて、驚愕した。三人くらいならまだしも、この部屋には何十人もの華純とその夫そっくりな子どもたちが描かれているではないか。


 ガチャリと扉の開く音がした。華純が戻ったのだろう。武彦は慌てて壁の扉を抜け出すと、ちょうど華純が部屋に入ってきたところだった。


「あら、武彦くん。きていたのね。どうしたの? そんなに汗かいて」


 華純の表情はいつもの優しい顔だった。


「華純さん」

「どうしたの? 何か私に用があるのでしょう?」


 武彦はさっきの部屋で見たことを話そうかと思った。あの絵は何なのかを聞く勇気がなかった。隠し部屋に勝手に入ったことで怒られるかもしれないと言葉を飲み込んだ。


「その、元に戻る方法ですが、難しいかもしれません」


 頼まれていたことが不可能なことだけを伝える。


「なぜ?」


 華純は優しい顔のまま首をかしげる。


「ぼくたちは、元の世界で死んでここに来たのかもしれません。無理に戻ろうとすれば、世界のバランスに影響が出るみたいです。ぼくたちは、この世界で生きていくしかないみたいです」


 武彦の言葉を華純は静かに聞いていた。そして優しい顔のまま言い放った。


「武彦くんもういいわ。ありがとう」


 そう言うと武彦を部屋から追い出した。バタンと店の扉が閉まり、店の明かりが消えた。武彦は怒らせてしまったとぼとぼとリナシーの元へ戻った。

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