第25話 エピローグ
それから、不正の証拠資料と財産のすべてを握られたお父様は、私の言うことをすべて聞いてくれた。
大変悔しいのが伝わってくる表情だったけれど、自分の身が一番大切なのが魔法国貴族の性質。
歴史に残る規模の脱税と贈収賄が白日の下にさらされ、地位と名声のすべてを失って魔法監獄に入れられるのは絶対に避けたいのだろう。
お父様にはリュミオール伯爵領内における伝統的重税の廃止と領地経営の健全化に向けて動いてもらうことにした。
「しかし、そこまで税額を下げるのは……」
「隠しファイル公開しちゃいますよ?」
「……わかった」
傲慢だったお父様もこの通り。
部下や使用人への態度も逐一注意して、誇りある貴族として分別ある態度を心がけてもらっている。
その変わりように驚いたのは使用人と家族。
特に料理長さんは、「旦那様が私の料理をおいしいと言ってくれた……!」と随分な喜びようだったとか。
結果的にだけど、実家のために働いてくれていた使用人さんたちに恩返しができて、いいことしたなってうれしくなる。
お父様が貯め込んでいたお金は、各領地への設備投資と職業支援に使った。
さらに、領地間の関税を撤廃し販路を形成。
交易を活性化させることで、各領地の生産高を向上させていく。
そんな中でも特に、私と領民さんが作ったリネージュの作物は形が良く栄養価も高いと評判になっている様子。
魔法国の農業界隈では、新風を巻き起こす新進気鋭の農家として、私の名前は少しずつ知られ始めているらしい。
《野菜に魂を吹き込む凄腕》とか《土と会話するアーティスト》とか《一日で1ヘクタール開墾するやばいやつ》みたいなかっこいい異名までついていると言う。
これも私の圧倒的カリスマがなせるわざだろう。
自分の才能が恐ろしい。
一方で裏社会でも私の名前は少しずつ知られるようになっていた。
大量の資金を得たことで、ヴィンセントが作ったエージェントチームの規模も拡大。
元暴徒さんたちはすっかり一人前のエージェントになって、今や本物といっても何の違和感もない諜報組織と化していた。
「ミーティア様。こちら、圧力をかけてきた公爵の情報です。《三百人委員会》でも最高幹部を務めているという噂がある大物で――」
流麗な言葉使いでの報告。
(この人、ちょっと前まで『ヒャッハー!』みたいなこと言ってたはずだよね……)
もはや完全に別人。
どこに出しても恥ずかしくない、スパイ小説の主人公みたいなエージェントぶり。
(ごっこ遊びだったはずなのに……どうしてこんなとんでもないことに……)
予想も想像もできるわけない状況に、呆然とせずにいられない。
「第三議会だけでなくリュミオール伯まで心変わりさせてしまうとは……君には本当に驚かされるよ」
極悪差別主義者商会長が訪ねてきたのはそんなある日のことだった。
整った顔立ちとかっこいい王子様みたいな態度。
まるで自分を第二王子殿下と勘違いしてるかのようだ。
しかし、現実は世知辛い。
この人は、実は優秀なのではないかという噂もある第二王子殿下ではなく、いかれた差別主義者の商会長なのである。
(やばい人だから絶対に仲良くなりたくない……)
なんとか愛想笑いしてやり過ごした。
思うようにいかないこともある。
すべてがうまくいくなんてことは人生にはなくて。
だけど、その分だけうれしいこともある。
「仕事をくれてありがとうございますミーティア様!」
慕ってくれる領民さんたち。
好いてくれてるのが伝わってきて、私をいつも笑顔にしてくれる。
「ミーティア様が望むなら、どんな願いでも叶えて見せます。そのための我々です」
私のために働いてくれる、エージェントなりきり好きな元暴徒さんたち。
強くてスマートで、本当に心強いごっこ遊び仲間。
何より、その再現度と洗練されたかっこよさが私に幸せとわくわくをくれる。
「《
にっこり目を細めるシエル。
一番近くで私を支えてくれる大切な人。
「ああ、ミーティア様の香りがする。尊い、愛しい。幸せ」
時々小声でよくわからないことを言っているけど、私の持つ悪のカリスマに心酔しているがゆえのことだろう。
いつものことながら、自分の才能が恐ろしい。
「標的である貴族周辺の情報です。精査しておきましたのでご確認下さい」
隣で私を支えてくれるヴィンセント。
大人で、誰よりも仕事ができる人なのに子供心も忘れていなくて。
私の妄想ごっこ遊びにも目線を合わせて付き合ってくれる。
時々すごすぎてびっくりするけれど。
いったい何者なんだろう……?
もしかして本当にどこかの国のエージェントをしていた人だったり――ってさすがにそんなことはないだろうけど。
「いけない、この気持ちに飲まれては……従者が主人にそんな感情を抱くなんて……」
最近は少しだけ悩みもある様子。
身内に甘い悪女である私は、ヴィンセントの袖を引いて「何でも相談してくれたらうれしいわ。私はどんなときもヴィンセントの味方だから」と伝えたのだけど、
ヴィンセントは無言で私に背を向けてから、「負ける……負けてしまう……!」と何やら葛藤している様子だった。
本人は「大丈夫です」と言っていたし、ひとまずは心配しなくてもいいのかな?
自由で充実した日々と素敵な人たち。
前世の私なんてずっとひとりぼっちだったのにな。
周囲の顔色をうかがって空気を読んで、
自分を押し殺して生きていた孤独で窮屈な前世の生活。
だけど、今はこんなにもたくさんの人に囲まれている。
(お母様、見てる?)
それも全部、あの日私を守ってくれたお母様のおかげだ。
前世の私と同じように、窮屈な貴族社会で苦しみながら、耐え続ける毎日を送っていたお母様。
『何があっても貴方は絶対に大丈夫。何をしてもいい。何を言ってもいいの。誰にどう思われても、気にすることなんてない。私はずっと貴方の味方だから』
あの日もらった言葉を、私は今も大切に心の奥に仕舞っている。
『生まれてきてくれてありがとう。大好きよ』
お母様の分も、この人生を大切に使い切らないといけない。
今を大事にして、心の声を聞いて。
汚れた世界の中でも、楽しく前向きに生きるんだ。
それが娘として私がお母様にできる、一番の恩返しだと思うから。
「この角度がいいかしら? あるいは、こういう方向性も」
自室の鏡の前で、悪女っぽい動きの練習をする。
いつもより少しだけ伸びた身長。
新しく買った厚底ヒールの効果に目を細める。
(また一歩、完璧な悪女に近づいてしまったわね)
ふふん、と鼻をならしつつ華麗にステップを踏む。
「そうだ、ここで一度反転して――」
思いついたかっこいい動きを試していたそのときだった。
ぐにゃりと曲がる足首。
「うおっ」
バランスを崩した私は顔面から床に転倒。
「へぶっ」
痛む額をおさえて床の上を転がった。
(ぐぬぬ……! なんでこんなことに……!)
涙でゆがむ視界。
いつもの私なら、『シエルぅぅ! ヒールさんがいじめたぁぁ!』と泣き出していたと思う。
だけど、今日は我慢することができた。
一人で立ち上がって、目元を拭う。
なんだか少しだけ、大人になった気がした。
できないことや、うまくいかないこともある。
だけど、くじけてなんていられない。
(今よりもっとかっこいい私になってやるんだから!)
やりたいことをやりたいようにする新しい人生。
自分の大好きを追いかける毎日は、妄想だって追いつかないくらいに幸せな瞬間であふれていた。
おわり
見つけてくれて、最後まで読んでくれて本当にありがとうございました。
自分の好きを詰め込んで書いたこの作品が一人でも多くの人に届いてくれたら良いなと願っています。
よかったら、応援していただけるとすごくうれしいです!
華麗なる悪女になりたいわ! ~愛され転生少女は、楽しい二度目の人生を送ります~ 葉月秋水 @sui_hazuki
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