第17話 優しいお友達


 第三議会に所属する貴族家への潜入はヴィンセントとシエルが暴徒さんたちの指導をしながら行うことになった。


「今回は屋敷で働く使用人に成り代わることにします」


 そう言って、ヴィンセントが取り出したのは人の肌の色をしたマスクだった。


 特殊な魔術繊維が織り込まれたそれは、魔力を流して加工することで別人の顔を再現することができると言う。


「皇国の秘密諜報機関で使われていたものです」


 手際よくマスクを加工していくヴィンセント。

 さすが細部まで設定と世界観を突き詰めた卓越したなりきり力。


 調整が終わったマスクをかぶると、まったく別人の男性の顔になった。


「魔術結界はこちらの魔術阻害装置ディスターバーを使って部分的に機能を停止させます」


 本物にしか見えない再現度のスパイガジェット。

 別人になったヴィンセント。

 その隣で手慣れた様子でマスクを被ってシエルが言う。


「後輩もできたことですし、私も先輩として良いところを見せないとですね」


 こうして、屋敷に潜入したヴィンセントとシエルは小一時間ほどで屋敷の中から不正の証拠資料と裏帳簿を持ち出してきてしまった。


「す、すげえ……」


 息を呑む元暴徒さんたち。

 私もまったく同じ気持ちだったけど、みんなの前で悪女っぽくない反応はしたくないので懸命に堪えた。


「この裏金に関しては、シェーンハイト伯が関わってはいないようですね。成果を上げられず申し訳ありません」

「ううん、すごく良い仕事。ここを見て。シェーンハイト伯と関係が深いマスキス卿が関わってることは立証できるわ」


 私は資料を読み込みつつ言う。


「まずはこれを使って、マスキス卿を攻略しましょう」


 翌日の夜、早速私たちはマスキス卿の屋敷に忍び込んだ。


「こんばんは。良い夜ですね、マスキス卿」

「いったいどこから……」


 現れた私の姿に、マスキス卿は息を呑んだ。


「少しお話がしたいと思いまして」


 悪女っぽいドレスに身を包んだ私は、妖艶に微笑んで言う。


「まずはこちらの不正融資について」

「不正融資?」

「テーブルの資料をご覧下さい」


 怪訝そうな顔をするマスキス卿。

 警戒しつつ、テーブルの資料に視線を落とす。


 細められていた目が、見開かれた。


「ど、どこでこれを……」

「私は世界を隅々まで見通せる優れた目を持っているんです」


 マスキス卿は怯えた目で私を見つめた。


「私を告発するのか……?」

「その選択肢も考えました。ただ、今回の件に関しては私も少し心苦しい。お父上が違法賭博に入れ込んで、多額の借金を抱えてしまったのでしょう。貴方が気づいたときには既に、その借金はマスキス家を傾かせる額まで達していた」

「そんなところまで……」

「貴方はこの国には珍しい、不正を好まない貴族の一人です。しかし追い詰められ、やむを得ず不正融資に協力するしかなかった。お父上のことで苦労されているんですよね。お気持ちは痛いほどよくわかります。もし貴方が私の望みを叶えてくれるなら、今回の不正融資は私の心の中に留めておきましょう」

「何をすればいい」

「協力してください」


 私はにっこり目を細めて言った。


「私、第三議会の貴族さんとお友達になりたいんです。どんなお願いも聞いてくれる優しいお友達になってほしいなって」






 こうして始まった第三議会掌握計画は、順調な滑り出しを見せていた。

 シェーンハイト家と関係が深く、議会の要職を務めるマスキス卿を味方に付けたことで、三人の下級貴族の弱みを握って仲間にすることができた。


 第三議会では、三週間後に私を召喚して査問会議を行うことが計画されていると言う。


 第三議会の現職は合計で二十九名。

 この調子で工作を進めていけば、当日までには十分戦える人数の貴族を味方につけることもできるはず。


「問題は、シェーンハイト伯とその脇を固める貴族達を切り崩せていないということですね。結束が想像以上に固い。警備も厳重で、何度か潜入はしているのですが証拠資料をどこに隠しているのか、まだ特定することができていません」

「引き続き調査をお願い。それが手元にあるかどうかで勝敗が変わってくるから」

「承知いたしました。期日までに必ず見つけだします」


 何かヒントはないかとエドワード・シャルリュスの邸宅を訪ねて意見を聞く。


「シェーンハイト伯は魔法国屈指の頭脳を持つ優秀な貴族だ。しかし、攻略する糸口がまったくないわけじゃない」

「どうするのですか?」

「優秀な者は、得てして自分と同じ優秀な者を嗅ぎ分ける能力にも秀でている。私がシェーンハイト伯を高く評価しているように、シェーンハイト伯も私を高く評価しているだろう。私が彼に取り入り、間者として内部の情報を君たちに伝えよう」


 エドワードは早速、シェーンハイト伯に会談を申し入れる書状を書いた。

 返信が届いたのは数日後だった。


「これがシェーンハイト伯から届いた返信だ」

「なんて書かれていましたか?」

「そう慌てるな。今から開封する」


 落ち着いた所作で封を切るエドワード。

 書状に視線を落とす。

 自信に満ちた表情で不敵に笑みを浮かべた。


「なるほど。向こうの意図はわかった」

「どういう内容でした?」

「彼は私の優秀さを警戒している。同じ優れた頭脳の持ち主として、私に背中を刺される可能性を見過ごせないと判断したのだろう」


 エドワードは言う。


「残念ながら今は忙しいので、また機会があればとのことだ」

「…………」


 使えねえ。


 キメ顔のエドワードを無視して、シャルリュス家の邸宅を後にする。


 シェーンハイト伯の狙いはおそらく、私の動きを制限することだ。

 リネージュにおける税の引き下げは、他の地域における領民たちの不満を大きなものにする可能性がある。


 今まで通り高い水準で税額を維持したい東部地域の貴族からすれば、悪い芽は早い内に摘んでおきたいのだろう。


 いろいろな言い訳を使って、刺激しないように少しずつ長い年月をかけて税額を上げてきた彼らだ。


 既存の秩序を乱す私の存在は、どんな手を使ってでも潰したいはず。


(どうやって攻略するべきか)


 馬車に揺られながら、私は方策を考える。






 ◆  ◆  ◆


 シェーンハイト伯爵領。

 その日、シェーンハイト伯の暮らす屋敷を訪れていたのはフードを目深に被った男だった。


 対外的には存在しない極秘の会談。


「《三百人委員会》の意志として、私にミーティア・リュミオールの排除を要請したい、と」


 シェーンハイト伯の言葉に、フードの男は無言で同意を示す。


「構わない。元々彼女は潰すつもりだった。そのための手はずは既に整えている」

「足りない」


 フードの男は持っていた鞄を開けて言う。


「これを使え」


 重たい金貨がぎっしりと詰まっていた。

 経費として渡されたその量に、シェーンハイト伯は眉をひそめた。


(腑に落ちない。彼女はたしかに《三百人委員会》の思想に反している。だが、組織がここまで素早く動くほどのことをしているとは思えない)


 シェーンハイト伯は思案げに口元に手をやる。


(組織としての決断ではない。最高幹部の誰かが、強くそれを望んでいると考えるのが妥当か)


 いったい誰がそれを望んだのか。

《三百人委員会》と深いつながりを持ち、魔法国内部事情に精通したシェーンハイト伯にとって、その答えを導くのは難しいことではなかった。


(主導しているのはリュミオール伯か。自らの手を汚さず不都合な娘を早急に排除したい、と)


 直接リュミオール伯が手を下せば、リネージュや他の領民からの反発を招く可能性がある。


 魔法適性を持たない人々を差別せず、税額を引き下げたミーティアはリネージュの地で極めて高い支持を集めているという話だった。


 領主代行の地位を取り上げれば、不満の矛先は間違いなくリュミオール伯に向かう。


 名誉欲が強く、さらに上の地位を欲しているリュミオール伯からすれば、避けられるリスクは避けたいに違いない。


 しかし、その事実はシェーンハイト伯にとって好都合だった。

 これだけの資金があり、父であるリュミオール伯が彼女の排除を望んでいるのだ。


 加えて、《三百人委員会》の後ろ盾もある。

 それならば、より確実性の高い手段も選択することができる。


「任せてくれて良い。どんな手段を使ってもミーティア・リュミオールは私が消す」






 ◇  ◇  ◇


「第三議会からの招集……どうして、三週間後の予定だったはずじゃ……」


 その日、私に届いた書状を開いて、シエルは息を呑んだ。


 想定外の事態。

 ヴィンセントと共にすぐに動いて情報を収集してくれた。


「マスキス卿に確認しましたが、聞かされていなかったとのことでした。昨日までたしかに三週間後の予定で進行していた、と」


 第三議会で要職を務めるマスキス卿も聞かされていない。

 となると、シェーンハイト伯と彼に最も近い側近が少数で強行した決定なのだろう。


(何故方針を変えた……? 何か大きな陰が動いたか)


 それが可能な影響力を持つ大物が裏で動いているのかもしれない。


「構わないわ。誘いに乗ってあげましょう」

「しかし、準備がまだ万全では……」

「計画を修正すれば対応できる。優先順位をつけて、勝利条件を満たすことだけ考えれば勝つことは十分可能だわ」


 私は髪をはためかせて言った。


「逃げずに堂々と正面から。待ち構える悪徳貴族どもをぎゃふんと言わせてやりましょう」






 ◇  ◇  ◇


 魔法国王都の中心に位置する大王宮の一室。

 その日、魔法国第二王子カイル・フォン・エレミアは部下の報告に持っていたペンを落とした。


「第三議会がミーティア・リュミオールを査問のために招集した……?」


 ふるえる声。

 机を叩いて部下に叱責する。


「どうして報告がここまで遅れた。少しでも動きがあれば教えろと指示していただろう……!」

「申し訳ありません。第三議会に所属する貴族達も極めて注意深く行動しているようでして」

「だからって情報が入るのがあまりにも遅すぎる。査問会議は今日の午後行われるんだぞ……!」


 拳を固く握りしめながら、カイルは部下が後手に回った理由について考える。


 いくら第三議会の貴族達が注意深く行動したとして、優秀な部下達がここまで何もつかめないのは明らかにおかしい。


(《三百人委員会》が動いたか……)


 魔法国を支配する陰の最高組織。

 徹底した秘密主義を掲げる彼らはこの国で最も情報戦に長けている。


 何より、カイルを動揺させていたのは状況が示唆するひとつの可能性だった。


(《三百人委員会》がミーティア・リュミオールを排除しようとしているとしたら)


 十分にあり得ることのように感じられた。

 貴族社会にいながら魔法適性を持たない者を差別しない彼女は、わずか十歳とはいえ《三百人委員会》の掲げる優生思想と貴族主義を揺るがす存在だと判断されてもおかしくない。


(絶対に阻止しなければ……彼女はこの国の希望だ……)


 カイルは唇を引き結んで言った。


「馬車を用意しろ。至急、リネージュに向かう」

「しかし、今日はドゥーク侯と森で鳥を撃つ予定では」

「くだらない用事だ。第二王子は人類史上最高レベルで腹を下して地獄の苦しみに耐え続けているとでも言っておけ」


 カイルは馬車に飛び乗って、ミーティア・リュミオールの査問会議に向かった。


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