第16話 第三議会掌握計画


 エドワード・シャルリュスを傀儡にしたことで、《華麗なる悪女アルベルチーヌ計画》は次の段階に進んでいた。


 隣接する周辺地域の領主に働きかけてもらって、リネージュにおける領地改革への反発を抑える防波堤の役割を担ってもらう。


 加えて、彼が貯め込んでいた金塊を資金に変えることで、周辺地域の貧困層に対する支援を行うことができた。


 仕事がなくて困っている人たちを大量に雇用して、継続的に配給を行える態勢を構築。


 周辺地域から必要な食料を買い付け、効率よく分配して路上生活者さんの栄養状態を改善。


 その上でさらに就職先とスキルがなくて困っている人たちを雇って、必要な知識と技術を身につけてもらいながら開墾した新しい畑で働いてもらう。


 この貧困層への支援によって犯罪の件数は少なくなり、地域の治安は向上。


 領民さんたちの私に対する支持率は上がって、畑で鍬を振っていると「仕事をくれてありがとうございますミーティア様!」といろんな人に声をかけてもらえて。


 しかし、その一方で貴族社会の常識に反した私の施策をよく思わない貴族達も現れ始めているみたいだった。


「ミーティア様が行っている施策に対して、魔法国第三議会でミーティア様に対して批判の声が上がっているとのことです」


 魔法国第三議会は、東部地域を統括する地方議会だ。

 東部各地の有力貴族が集うこの議会での決定には大きな意味があり、東部に住んでいる人間は、たとえ王族の関係者でも決して無視することはできない。


「私も努力はしているのですが、第三議会の重臣たちが動いているとなると手を打つのも難しく……」


 エドワード・シャルリュスは唇を引き結んで言う。


「情報を集めているのですが、誰が主導しているのかもまるで見えてこないのが現状でして」

「いえ、それについては既にある程度の情報を入手しています」


 私の言葉に、ヴィンセントがうなずいて紙の束をテーブルに置く。


 視線を落としたエドワードは息を呑んだ。


「どうやってこれを……」


 真剣な目で押し黙り、資料を読み終えてからつぶやく。


「中心にいるのは、シェーンハイト伯か……」

「どういう方なのですか?」

「第三議会で最も影響力のある一人だ。東部地域屈指の名声と発言力。我々辺境の貴族とは格が違う」

「なるほど。かなりの大物みたいですね」

「まさかシェーンハイト伯が出てくるなんて……」


 呆然とつぶやくエドワード。

 優秀で知られる彼にそこまで言わせるのだから、相当の大物貴族なのだろう。


 それだけの権力を持っているとなると、表に出せない悪いこともたくさんしているはず。


 最強の悪女を目指す上では、願ってもないぶっ飛ばし甲斐のある相手。


「決めたわ。次のターゲットはシェーンハイト伯と第三議会よ。ヴィンセント、情報収集をお願い」

「承知いたしました」


 こうして、私たちの次なる作戦が始まった。






 ◇  ◇  ◇


 数日後。

 いつもの集会所に集まった暴徒たちは、日課のトレーニングをこなしていた。


 貴族の手先がリネージュに攻撃を仕掛けてきた場合を想定し、積み上げるハードなトレーニング。


 救ってくれたミーティア様とリネージュの人々を守るために。


 農場での仕事と並行しての鍛錬は、時間的にも厳しいものだった。

 しかし、暴徒たちはそれでも自分たちの肉体に負荷をかけ続けた。


 彼らは自分たちにもできることがあると信じたかったのだ。


 迷惑ばかりかけてきた自分たちにも、誰かの役に立つ何かがきっとできるはずだ、と。


 あの日、わずか十歳の子供領主が自分たちを救ってくれたように。


 加えて、農場での仕事や配給の手伝いにも精力的に励んだ。


 別人のような彼らの姿を町の人たちは好意的に受け止めてくれた。

 かけられる感謝の言葉がくれる充実感は、想像していたよりも良いものだった。


 しかし、それでも本当にやりたいことには届かない。


「声、かからないですね」


 つぶやきは、彼ら全員の感じていることでもあった。

 懸命の努力を続けている。


 しかし、一番役に立ちたい子供領主の力になることはできていない。


「ミーティア様に直接お願いしてみるのは――」

「ダメだ。きっとあの人は優しさで俺たちに仕事をくれる。それではミーティア様の負担が増えるだけ。本当の意味で力にならないと意味が無い」

「でも、俺たちには学もないし特別なスキルもない。ミーティア様も俺たちの力なんて必要としてないのかも」

「だったら、必要としてもらえるまで努力を続けるだけだ。その程度だったのか、お前の覚悟は」


 時間は淡々と過ぎていった。

 どんなに厳しく自分を追い込んでトレーニングしても、周囲の何かが変わることはなかった。


 進んでいる手応えのない毎日。

 こんなことやっても無意味なんじゃないか。

 そんな心の声に押しつぶされそうになっていたある夜のことだった。


「貴方たちが本気であることは承知しました」


 宵闇の中から現れたのは、音を立てずに歩く執事――ヴィンセントだった。


「私が以前使っていた衣服を差し上げます。着替えて下さい」

「服? どうして?」


 困惑した顔で言った暴徒たちにヴィンセントは言った。


「ミーティア様の下で働くのです。相応の装備は必要でしょう」






 ◇  ◇  ◇


「今回の作戦には、彼らにも参加してもらうことにしました」


 ヴィンセントが連れてきたその人たちの姿に、私は思わず息を呑んだ。


 黒いスーツのエージェントたち。


 整髪用の油でまとめられた髪。

 スタイリッシュな装いは、スパイもの小説の中からそのまま飛び出してきたかのよう。


(すごい……完全再現……!)


 さすがスパイもの小説の熱心なファンであるヴィンセント。

 爪の先から細部に至るまでこだわりが詰まっている。


 感動しながら見ていた私は、不意に彼らの顔にあるひとつの違和感に気づく。


(あれ? この顔、どこかで見たような)


 考えること数秒、思いだされたのはリネージュの地に着いた日のこと。


『ヒャッハー! ゴミ貴族どもぐちゃぐちゃにしてやんよ!』


「あ! ヒャッハー言ってた人」

「そうです。覚えててくださいましたか」


 目を細めてうなずく青年。

 奇抜だった髪型は、ヘアオイルでセットされたスマートなショートヘアーに。


 完全に別人な変わりようだった。


 彼だけではない。

 よく見ると、そこにいた人たちは初日に囲まれた暴徒の人たち。


(ど、どうして暴徒の人たちがエージェントごっこを……?)


 彼らにそんな趣味があるとは思えない。

 となると、この大規模エージェントごっこはヴィンセントの主導によって行われているのだろう。


「まだまだ力不足ではありますが、シエルにも協力してもらって迅速に必要な訓練を行う予定です」


 澄み切った目で言うヴィンセント。

 その目的を理解して私は絶句した。


(ま、まさかヴィンセント……一から本物の諜報組織を作ろうと……)


 なんというなりきりへの熱意。

 仕事ぶりやスキルを真似するだけでなく、組織まで一から作ろうとするなんて。


(ただのファンの人なのにここまでやっちゃうヴィンセントすげえ……)


 同じ趣味を持つ仲間として、尊敬の気持ちしかない。


(私も負けないように悪女しないと!)


「協力してくれてありがとう。貴方たちの覚悟と意志、たしかに受け取ったわ。良い働きを見せてくれることを期待してる」


 私は背を向け、優雅な所作で髪をかき上げて振り返った。


「それでは、悪巧みを始めましょう」


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