第4話 オキナグサ

「やっと思い出せた? 」


 再び意識が戻ると、急に世界が収束したかのように記憶が僕の脳に流れ込んだ。溢れる記憶の処理に追いつかず、暫し放心状態になっていた。

 明るい陽射しを受け、今まで薄暗い部屋にいたことを思い出す。そして、ハッと自分のお腹を急いで確認した。大丈夫だ。何ともない、痛みもないし不快感もない。


「ねぇ、知ってる? 男の死体。まだ見つかってないんだよ? 」


 ***

「えへ、やっぱり綺麗だなぁ……」


 男は少女が絶命したことを確認すると、大きなノコギリを取り出しその首を切り始めた。そしてそれを終えると机の上に置き、まじまじと眺め始めた。

 薄暗い部屋は、返り血を浴び真っ赤に染まって、異様な雰囲気に包まれていた。この部屋だけ、外と世界が違うかのように思われた。



 数時間前――


「もしもし、あ……碧都みとちゃんのお母さん……? 」


 私は碧都の母からの電話を切ると、靴も履かずに家を飛び出した。


 碧都が家を飛び出して帰ってこない――


 私は何となく事の顛末が頭によぎったが、それを押し殺し、碧都の無事を願い走った。家を飛び出して、そこから行方不明。

 なぜか直感的に、彼女はあの男に誘拐されたと思った。それを疑うことなく、この町じゃ有名なその男の住むアパートへ走った。道中、オキナグサが茂る工事現場で手頃な鉄パイプを拾った。あくまで護身用だ。そう、あくまで……


 息を切らし、足裏を襲う痛みを無視して走り続け、遂に目的地へ到着した。

 今にも崩れ落ちそうなボロボロのアパートは、月光に照らされ、その不気味さを倍増させていた。


 軋む階段を登り、1つずつドアを開け中の様子を伺いながら、男の部屋を探した。こんなことが出来たのも、このアパートには男しか住んでいないことを知っていた為だ。

 そして、最後の一室。ここが男の部屋で間違いない。私は手に持つ鉄パイプを握り直し、音を立てないようにドアを開いた。どうやら当たりのようだ。玄関には碧都の靴があった。奥の部屋から人の気配がした。恐る恐る近づき、中を覗き込む。


「――――! 」


 私は、その室内の地獄のような光景に思わず叫びそうになった。吐き気を抑えるのに必死だった。信じたくない、何かの冗談だと言って欲しい。だが、現実は変わらない。

 その室内には、机の上に置かれた碧都の首を眺める男がいた。

 遅かった、私がもう少し早く気づいていれば。もっと何か出来たはず、この結末は変わったはずだ……


「おい、誰だ! そこにいるのは? 」


 まずい、気づかれた……

 落ちていたゴミに気づかず、うっかり踏みつけてしまい男に感んづかれた。私も捕まったらあんな風になる、嫌だ。まだ死にたくない……


 いや……そうか。あいつはただの人殺しだ。もう普通の人間じゃない。これは、仕方の無いことなのだ。私のすることは正義の裁きだ。

 扉から顔を出した男の頭を目掛けて、持っていた鉄パイプを思い切り振り下ろした。鈍い音を立てて、男は倒れた。廊下はすぐに血で染った。


「あ、あはは……あはははは! 」


 ***

「今でもあの時の感触が、手に染み付いて離れないんだよ……あの時の光景が脳にこびりついて離れない! 」


 思いもよらなかった衝撃の事実に、僕はただ黙り込むことしか出来なかった。こんな時、なんと声をかければ正解なのか、僕にはその答えを持っていなかった。持っているはずもなかった。


「え……ちょっと待って。あいつの遺体が見つかってないって、どういうこと……? 」


 さっきの詩心の発言と、今の話では少し矛盾が生じる。


「どういうことって……私がに決まってるじゃない」


 詩心は、何を訳の分からないことを聞くんだ。という表情でそう言った。

 そして、新聞の切り抜きを広げて私に見せた。


「ね、ここに書いてるでしょ? まだ見つかってないのは、男の死体だけじゃない。貴女の頭もよ」


 愛情が歪んでいたのは、男だけではなかった。詩心もまた、度が過ぎた愛情を歪んだ愛情に変形させてしまっていた。


「君と私はいつまでもずっと一緒よ……もう離さない」

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幽霊彼女 淡星怜々 @AwaRere

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