第3話 キンセンカ

「……おーい、起きて……」


 ゆっくりと目を開けると、詩心が僕の顔を覗き込んでいた。あれは、夢……だったのか? モヤモヤとして、良く思い出せない。けど、何だか悲しくて虚しい夢だったような気がする。


「ほら、もうすぐつくよ。私たちの故郷! 」


 冴えない頭を横に振って、窓から外を見ると大きな島が見えてきていた。


「あれが、僕たちの故郷……」


 ***


「まずは、お墓参り……だよね? 」


 島に到着し、まず初めにお墓参りしておこうという話になった。確かに大切なことだ。港の近くにあった商店で、お供え物やキンセンカの花を買った。お墓に供えるのだ。


 その道中、少し懐かしい雰囲気を漂わる小さな駄菓子屋が目に入った。昭和の時代を彷彿とさせるその佇まいと、幼少期の思い出に頼り店内へ入った。


「おや、これは可愛らしいお客さんだねぇ」


 店内には、レジの奥に小柄なおばあちゃんが1人座っているだけで、後は全て駄菓子だけが店内を覆い尽くしていた。

 懐かしの駄菓子や、初めて見る駄菓子に興奮しながら適当に見繕い購入した。


「ほら、これサービスだよ。持ってきな」


 帰り際、おばあちゃんはそう言って大きめのラムネを2つ詩心に手渡した。


「あれ、なんで2つ……? 」

「何でって……2人だろ? 」


 僕は驚いた。このおばあちゃんは幽霊が見えている。初めての事に僕も詩心も心底驚いたが、顔を見合せてから笑顔でお礼を言って外へ出た。


 しばらく歩くと、小さな墓所があった。こじんまりとしたこの感じは、一族の墓しかない感じだろうか。この時僕は、何だか不思議な感覚を覚えた。何かが近づくなと言っているような……

 しかし、詩心の後に続き僕は墓所へ入った。そこには汚れてみすぼらしい姿になった数基のお墓があった。その真ん中にある、大きな墓石に書いている家名を僕は読むことが出来なかった。霧がかったようで上手くピントが合わない。


 しかし、そんなことを気にすることも無く丁寧に掃除して、買ってきたお供え物を置き、備え付けの花立てにキンセンカを目一杯挿した。

 そして、線香を焚き手を合わせた。そのパチンという音と共に、僕の意識は再び遠のいた。


 ***


 再び目を開けると、どこまでいってもひたすら暗闇だった。少しずつ目が慣れてきて、視界が利くようになって辺りを見回してみると、ここはどうやら部屋の中のようだった。

 あれ、なんで僕はこんなところに……さっきまで何してたんだっけ。とにかくここから出ようと思い、立とうとするが上手くいかない。どうやら手足を何かで縛られているようだ。口にもガムテープが貼られ、声を出すことすら許されない。

 状況の理解が進むと、僕は次第に未知の恐怖と孤独感に蝕まれ、遂には泣き出しそうになった。


 その時、急にドアが開き僕は眩い光に目を細めた。助けが来た。そう思ったが、現実は非情だ。そこから現れたのは、あの男。僕は世界に絶望した。

 そうだ、思い出した。僕は両親と口喧嘩して家を飛び出して、この男に誘拐されたんだ。


「えへへ……やっと目を覚ましたのかい? そ、それがしの愛する碧都みとたん」


 男が発する一言一言に僕は吐きそうになった。その男の喋り方なのか、肥満体型、薄毛、何に対してなのかは分からないが、とにかく不愉快極まりない。

 男が近づいてきて、僕の口に張り付いたガムテープを勢いよく剥がした。ようやく口呼吸ができるようになり、幾分か呼吸が楽になった。


「僕をどうしようっての? お願い、家に帰して……もう、お願いだから……」


 僕は、口が利けるようになり男にそう言った。しかし、男は聞く耳を持たない。僕の悲痛な叫びは、その男の耳の前にシャットアウトされた。

 男は黙ったまま、再びドアの向こうへ行ったかと思うと、直ぐに戻ってきた。が、その手には鈍く光る出刃包丁が握られていた。

 その凶器を視認した途端、僕は冷や汗が止まらなくなり自然と鼓動も早くなっていった。体が我が身に迫る危険を訴えている。しかし、僕は溢れかえった恐怖心からかすぐに動けなかった。


「えへへ、碧都たんは……そ、某とずっっと一緒だからね」

「や、やめ……やめて……! 」


 男は僕の太ももの上辺りに跨り動きを封じ、両手で強く握りしめたその出刃包丁を勢いよく振り下ろした。


「――――っ! 」


 下腹部に激痛が走り、燃えるような熱さから逃げ出すように血が大量に溢れ出た。痛みが悲鳴となって体から飛び出して行った。僕は何の抵抗も出来ずただその場で悶絶するしか無かった。かすかに残された希望を信じて、ただ耐えるしか無かった。

 

 しかし男は、それから何回も何回も何回も何回も……何回も、繰り返した。途中、ブツブツと「某は悪くない、悪いのは碧都たんの方だ。某の好意から目を逸らすから、いつまでも恥ずかしがるから。何でよりによって女となんか……」と同じような独り言を繰り返しながら、僕の身体と心を刺し続けた。

 

 しばらくして男は、血脂と刃こぼれでなまくらと化した出刃包丁を僕の体から引き抜き、そのまま投げ捨てた。

 休むことなく襲われ続ける激痛に耐えられず、叫び続けた為か僕の喉はとうに潰れ、最後の方はもう声も出なかった。あれだけの激痛が段々と和らいでいきそれに伴い、僕の意識は再び遠ざかっていく。


あぁ、こんな酷い顔……詩心には見せられないな。

これが僕の最期……お父さん、お母さん。不出来な娘で、普通の女の子じゃなくてごめんなさい。こんな事なら、素直に謝っておけば……


「これでもうずっと一緒だね……」


 遠のく意識の中で、僕がこの世で最後に聞いた男の言葉だ。


 この日、城谷碧都しろやみとはある男の異常な程に歪んだ愛に殺されたのだった。男の愛情は、嫉妬心によって歪に変形してしまった。

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