第10話【最終話】

10月25日 14時23分 (児島祐平のPCの動画)

 えー。

 えーっと。

 こういう、動画を撮ったりするの、苦手なんですけど。緊張して、頭の中が真っ白になることがあって。落ち着かなくなる、というか。

 とにかく、やらなきゃならないのでやりますけど。喋ります、えーと、レンズに向かって。何を喋ればいいか、時々わかんなくなるかもしれないけど。

 よくわかんない動画になるかもしれないけど…… 何も残さないよりはいい、と思うんで。まあ、その程度のものだと。そう思えば、緊張も和らぐかも。

 ……

 はい、いきます。

 ええと、一応、自分に何かあった時のために、この動画をパソコンに残しておきます。これまでのことを考えると、たぶん誰かが僕の部屋に入ってあれこれ調べるでしょう。そうしたら、この動画が見つかるはずです。

 僕はこれから、柳沢教授の家に行こうと思います。

 そして、そこで実際に何が起きたのかを調べるつもりでいます。

 教授の死に始まり、一人、また一人と研究室の学生達が死んでいきました。その原因は、すべて教授の家にあると僕は考えています。

 正確には、教授がブラジルから帰国した際に携えていたもの、だと。

 だけど、教授が持ち帰ったそれは、教授自身が燃やしてしまったようです。ブラジルの、もうじき取り壊されようとしている村から教授が譲り受けたというそれは、安易に手を触れてはいけないものだったようです。そのことに、教授自身も気づいたのでしょう。

 でも、燃やしたところで事は解決しなかった。教授のしたことは、遅きに失したみたいです。

 僕はそれが何なのか、考えてみた。教授がブラジルから持ち帰ったのは、何であったのか。

 生き物か? でも、それなら検疫を通れるはずがない。どの国の検疫も生き物の輸出入にはうるさいし、流行り病の流行後は病原体の蔓延の原因になりうるものとして一層目を光らせているはずです。第一、教授がわざわざ生き物なんて連れ帰ろうとするでしょうか。

 だったら、それの正体は一体何なのか。検疫に引っかからず、あるいは易々とかいくぐり、飛行機に持ち込むことができたもの。教授がわざわざ、海を渡って手に入れたがった、価値の高いもの。そして―― 燃やされたにも関わらず、存在し続け、何らかの効力を発揮し続けるもの。

 その効力を、仮に人を死に至らしめる力、だとすると。

 もしかすると、それは―― 茂田さんが話したという、祟り、という単語と関係があるのかもしれない。

 茂田さんは、まじないの盛んな村の出身だそうで、この件には霊的な何かの力が関わっている、と考えているようだった。

 また、別の話として、亡くなった人達のうち何人かは、譫言とも取れる言葉を残している。

 久慈は、マムシのようなものの気配を感じた、と言い、亡くなる前には、誰かの叫び声がする、と言った。

 耳野さんは、鶏、と言い残した。

 そして、星井さんは―― 星井さんは、するするという這いずるような音を聞いた、と言っていた。

 これらから何かがわかるんだろうか、と考えた。どれも、なんだかちぐはぐな、嚙み合わないパズルのような気がする。霊に、蛇に、鶏に―― ブラジル。

 でも、とにかく考えてみようと思って。

 それで、教授が持ち帰ったものの正体から推測してみることにした。――まず、さっきも言ったように、生き物だとは考えにくい。生き物ではなく、霊が宿る何かだったのかもしれない。例えば、村で信仰の対象になっていたご神体とか。

 けど、村がなくなるとはいえ、ご神体を譲ったりするだろうか。それも、見知らぬ外国人に。それなりの金額と引き換えだったとしても、少し無理がないか。

 じゃあ、ご神体とはいかなくても、大事にされていた何かだったのではないか。霊の宿る、貴重な、そして、ご神体にはなりえないもの。

 僕はそれは、ミイラじゃないかと思った。

 実は、僕の出身地のとある寺には、変わったものが保管されているんです。人魚のミイラ、なんですけど。

 地元には八尾比丘尼の伝説とか、それらしい昔話もあって、一応、本物だと信じている人達がたくさんいるんですよね。まあ、うちの地元のそれについては、ちょっとよくわからないけど、とにかく、日本には各地に色んなもののミイラがあるじゃないですか。河童、人魚のほかに、調べてみたら鬼や天狗、龍なんかのミイラもあるそうです。それらの全身、あるいは体の一部のミイラが、神社などに大切に保管されている。おそらく、それらのほとんどは大昔の山師によって法外な値段で売りつけられたものなんでしょう。中には本物もあるかもしれないけど。それらをありがたがって奉ったりするほど、日本人は元来、ミイラが好きなのかもしれない。まあ、日本の多湿な気候ではミイラというもの自体が珍しいし、神秘的に感じるのは当然と言えば当然でしょう。

 その、ミイラ好きな日本人のDNAを、教授も受け継いでいたのかもしれません。

 ミイラなら、見た目を胡麻化して検疫を通過することができたかもしれない。教授が持ち帰ったものはさほど大きくなかったようだし。そういえば、教授が大学で木片のようなものを燃やしているのを見た、という星井さんの話もありました。だから、ひとまずその線で考えてみることにしたんです。

 教授の土産がミイラだったとして、何のミイラだったのか? 日本でいう人魚や河童に相当するものが、ブラジルにもあるのだろうか。

 それで僕は、ブラジルの伝承の類いを調べ始めた。主に、妖怪とか、オカルトめいた方面を。

 だけど、手がかりと符合しそうなものは、なかなか見つからなかった。

 ようやく見つけたのは、大学の図書室で手あたり次第に本を漁っていた時。ヨーロッパの怪物について書かれた書物をめくっていた時です。そこには、ある怪物についての記述がありました。

 コカトリス、という名の怪物です。

 この生き物は、雄鶏の頭と蛇の尻尾を持つそうです。また、ドラゴンの翼も持つそうですが、体の大きさについての記述はあまりありません。頭部は、鶏冠を生やした人の頭だ、という説もあるようです。

 元はバジリスクだ、という話もありますが、バジリスクが蛇の姿をしているのに対し、コカトリスはあくまで鶏や蛇の体の一部を併せ持つ、混成生物のようです。また、猛毒を持つバジリスクに対し、さらにそれより強力な毒を備えており、離れた場所にいる人間を殺すこともできたらしい。触れるだけでなく、視線でも相手に毒を与えることができたのだといいます。石化の力を持つという説もあるが、これはどうも後々付け加えられたものらしい。おそらくメデューサの伝承が混ざってるんでしょう。

 僕はそれを読んで、これじゃないかと思った。

 致死性のある毒。しかも、離れたところからでも人を殺すことができる。これまでの、犠牲者達の得体の知れない死に方と合致するところがある。

 警察は未だに、彼らの本当の死因を突き止められていないようだし、原因となったのが、未知の毒、である可能性は高いと思う。

 燃やされた木片の正体は、コカトリスのミイラ、なんじゃないかと僕は考えた。

 だけど、一つおかしなところがある。コカトリスはヨーロッパに言い伝えの残る怪物だ。イギリスではコカトリス、フランスではコカドリーユ。ヨーロッパで広く知られるが、ブラジルとは縁がない。

 そう考えていた時、ふと気づいた。――教授はペレイラとマカパで落ち合った。そこから、北の熱帯雨林地帯に向かったと思われる。

 マカパの北には、熱帯雨林を挟んで、仏領ギアナがある。ギアナはフランスの領土だ。

 大航海時代に南米に押し寄せたヨーロッパの勢力。ギアナ付近にはその影響が色濃く残っている。――もしかしたら、フランスから珍しいミイラが持ち込まれ、取引の対象になることもあったかもしれない。

 そして、実際、その対象物は神秘的な力を持っていたのかもしれない。

 とはいえ、所詮、怪物の亡骸だ。物珍しくとも、信仰の対象にはなりえない。祭壇に飾られたり、ご神体の隣に置かれることはあったかもしれないが、あくまで飾り物。村人達から崇められることはなかっただろう。その証拠に、村が解体の危機を迎えると、あっさり好事家に売り払われてしまった。外国から来た、物好きな旅行者に。

 こうして、ミイラは再び、海を渡ったのではないか。

 そして、日本でその力を発動したのではないか。祟りという形で。

 待遇が気に入らなかったのだろうし、その上、体を燃やされたとあって、恨み百倍だったのだろう。それで、近づく者を次から次へと殺していった。触れたら最後、逃れられない恐ろしい毒で。

 みんな、それでおかしくなって、死んでいった。神経に異常をきたし、知覚が失われ。運転中だった教授はガードレールに衝突し、二ノ瀬さんは階段を踏み外した。耳野さんは車道に飛び出して車に轢かれた。久地と星井さんは事故には遭わなかったが、毒そのものにやられてしまった。

 そういうこと、なんじゃないかと思う。

 そう。

 そして、そのことを確かめに、僕はこれから教授の家に行く。星井さんには止められたけど、このままにしておくなんて間違ってると思う。

 流行り病によって、これまで否応なく引きこもってきた。家に閉じこもり、外で起きていること―― 友人や先輩達の謎めいた連続死を、なすすべなく眺めてきた。まるで、自分とは無関係な出来事であるかのように。隔絶された場所で、この異常な出来事をただ見守ってきた。こんなやりきれない、無力感に満ちた―― こんなのは、もうたくさんだ。

 僕は外へ出て行く。この閉ざされた、安全な場所から、出て行く。そして、危険と向き合う。なぜなら、それが僕のやりたかったことだから。

 もちろん、死にに行くつもりはない。状況は知っての通りで、残っているのは僕一人だ。シューティング・ゲームでいえば残機はゼロ、ってやつ。だけど、ただ黙ってやられたりはしない。それなりに、対策は立てておいた。

 その対策とは、茂田さんに同行してもらうこと。

 星井さんが見つけた茂田さんの宿泊先を調べるのは簡単だった。僕は彼に会いに行き、助けてくれと頼んだ。茂田さんは最初は嫌がったけど、しまいには渋々了承してくれた。教授にはお世話になったし、とぶつぶつ言ってたっけ。

 茂田さんの生まれ育った村は、アミニズムみたいなものが受け継がれているところで、それは神道や仏教とはまったく違った流れを汲むものらしい。そしてそれを、外部の者にわかりやすいよう、まじない、と呼んでいるそうだ。

 茂田さんはまじない師ではないが、親族にまじないをやる人がいて、やり方を学んだそうだ。香を使ったり、薬草を使ったりといったかなり原始的な手法だが、言葉を用いずどんな霊とでも対話ができるという。

 僕が、その手法であいつを退治できるのか、と聞くと、茂田さんは難しい顔で、わからないがやってみよう、と言った。僕もそれに賭けるつもりだ。

 それと、あれの正体がミイラに宿っていた霊だ、という僕の推測は、おそらく当たっているだろう、という話だった。それがわかったところで、対処できるというわけではないようだが。遠い国から運ばれてきた、ひょっとしたら何百年も前のものかもしれない怪物の霊なんて、そりゃ対処に困るだろう。無理な頼みだとわかってはいる。

 それでも、僕は行くつもりだ。――一応、自分でもできる限りの準備はしてきた。ホームセンターに行って、役に立ちそうなものを買い漁ってきたのだ。さすがに防毒マスクはなかったが、塗装作業用の防塵マスクを手に入れることはできた。まあ、ないよりはましだろう。

 それと、伸縮式の捕獲棒なるものも買っておいた。店員によると、草むらに潜む蛇などを捕えるのにいいそうだ。

 もちろん、こんなものが霊に効くかどうかはわからない。まあ、やれるだけのことはやろう、というところだ。

 それでも、もし駄目だったら。この部屋に戻って来ることができなかったら。その時は、誰かがこの動画を観ることになるだろう。

 その誰かは、おそらく両親か、堺さんになるんじゃないか―― と思っている。

 その際は参考になるように、デスクトップに置いたフォルダの中に関連するデータを集めておいた。――これまでの、亡くなったみんなとの会話の内容を示す、留守番電話の録音、メッセージのログ、メールなどだ。データとして残っていないものも、記憶を頼りに可能な限り書き起こしておいた。これらを一種の証拠として扱ってほしい。

 ――これで、全部かな。

 さあ、そろそろ出かけないと。これから茂田さんと落ち合って、教授の家へ向かう手筈になっている。

 堺さん、父さん、母さん、後はよろしく。

 勝手なことをしてごめん。けど、あいつを許すなんてことは到底できない。死んでいったみんなの仇を、必ず取ってやりたい。この、玩具みたいな防塵マスクと伸縮式の捕獲棒で、あいつと精一杯、戦ってやりたい。その結果がどうなるかは、わからないけど。


 それじゃ、行ってくる。


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裏庭に何かいる 戸成よう子 @tonari0303

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