間もなく父が崩御し、己は玉座についた。


 奸臣はもういない。

 朝廷には清貧を好む賢臣のみを徴用し、民のための政を行う運びにした。


 国庫を開き、飢えた民に米を与え、侍医を都の果てに送り、病める民を治した。

 以前ならば足蹴にした貧民たちにも微笑んでみせた。


 巫蠱による暗殺もやめさせた。巫者には恩赦を出し、真っ当に生きられるよう職を与えた。


 そして、宮廷にはある噂が立った。

 あのとき死んだのは昴龍で、玉座についたのは成り代わった文虎ではないかと。己が良君として国を治めるほど、噂は盤石になった。

 それが望みだった。


 皆、弟が帝になることを望んでいた。己さえいなければそうだっただろう。

 文虎を玉座につけてやるには、これしか術がなかった。

 己の死後は史書にまことしやかに書かれるだろう。冷酷な兄に成り変わって、弟が良く国を治めたのだと。


 だが、己は昴龍だ。誰も信じなかろうと、紛れもなく、あの日死んだのは弟だった。

 己は唯一の同胞を死なせて、帝になったのだ。



 これをお前に聞いてほしかった。

 もうじき己は死ぬだろう。死後は湖の見える墓に屠るよう、遺言を残してある。

 そうだ、文虎もあそこに眠っている。祭りを催すたびに弟に見えるように。

 華やかな祭りを好むとは、ほとほと巫者に向かぬ男だった。



 だが、己はあいつに呪われたようなものだ。

 昔、弟が言っていた。文虎の名は倀鬼ちょうきから取られていると。

 虎に食われた者は倀鬼という亡霊になるらしい。倀鬼は夜を彷徨い、虎に遣われて餌を探し、己の身代わりなる者を殺すらしい。殺された者は新たな倀鬼になり、元の霊は解放されるとか。


 己は文虎の代わりに生きた。

 かつての己は消えた。巫者によって亡霊にされたも同然。

 死ねば、幽鬼として彷徨うか、地獄に堕ちるだろう。それもいい。



 同じ地獄で弟が待っている。

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倀鬼の玉座 木古おうみ @kipplemaker

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