第30話

 時計の針が深夜2時を指しても、タルティーニは動く気になれず、椅子に座り重傷者の看病をする侍女たちを見つめていた。

「タルティーニ団長!王太子殿下が聖女様を連れ出しました!」ロゼッタの護衛をしていたはずの騎士が、駆け寄りながら叫んだ。

「何⁉︎」

 タルティーニは椅子から飛び上がるようにして走り出した。その場にいたエルモンドとジェラルドも反射的に駆け出した。

 玄関ホールまで走ってきたところで、アロンツォがロゼッタを馬車へ押し込んでいるところに出くわした。

「ロゼッタ!」エルモンドは馬車を掴もうと必死に手を伸ばしたが、あと少しのところで掴み損なった。

「急げ!全速力で港まで走らせろ!」アロンツォは御者に命令した。

「エルモンド!追いかけるぞ!」タルティーニは厩舎へ向かって走り出した。

 エルモンドとジェラルドとタルティーニは馬に跨り馬車を追いかけた。

 その後を、知らせを聞きつけた騎士たちが追った。

 更にその後をモディリアーニはこっそりとつけて行くことにした。あわよくばロゼッタを殺し、魔族のスパイを殺した英雄になれるかもしれないと思い、胸に短剣を忍ばせた。

 これでコルベールに勝てるぞとモディリアーニはほくそ笑んだ。

 港に辿り着くすんでのところでエルモンドたちは馬車に追いついた。

「王太子殿下!今すぐ馬車を止めてください!」タルティーニが叫ぶ。

 アロンツォは馬車の扉を開けて、タルティーニを追い払おうと剣を抜いた。

「あなた頭がどうかしたのですか!こんなことは許されません!」タルティーニも剣を抜き応戦した。剣がぶつかり合うだび金属的な音が誰もいない通りに響き渡った。

 タルティーニがアロンツォの相手をしている隙に、ジェラルドが馬車の前に回り込み、馬車の速度を落とさせた。

 エルモンドは反対側の扉を開け、ロゼッタに向かって手を伸ばしたが、開けられた馬車の扉がバタンバタンと開閉し、なかなか馬車に近づけない。エルモンドは苛立ち、木製の扉を蹴落とした。

「ロゼッタ!手を掴め!」

「エルモンド!」

 激しく揺れる馬車の中でロゼッタは自分の体をどうにかして支え、エルモンドの手を掴んだ。

 エルモンドが引っ張りあげようとしたその時、ドナテッラがロゼッタの腰に抱きついた。

「ドナ、お願い離して!」

「嫌よ!あなたがここにいると私が聖女になれないのよ!死んでくれなくちゃ困るの!」

「エルモンド!危ないわ、私を離して」

「俺がそっちに行く待ってろ!」死なせてなるものかと思い、エルモンドは馬車へ乗り移ろうと木枠へ手を引っ掛けた。

「アロンツォ様!助けて!ロゼッタが連れて行かれちゃう!」

 ロゼッタは腰に巻きつけられたドナテッラの腕を力いっぱい引っ張って解いた。

 ロゼッタが馬車に乗り移ってきたエルモンドに手を伸ばした瞬間、アロンツォの剣がロゼッタの胸を貫いた。

「ロゼッタ!」エルモンドは倒れ込んできたロゼッタをしっかりと支えた。

「エル……」ロゼッタの口から血が流れ、喉がゴロゴロと鳴った。

 ジェラルドが馬車を止め、エルモンドは馬車からロゼッタを運び出した。

 傷口を手で押さえて血を止めようとしたが、剣で貫かれた胸からは溢れるようにドクドクと血が流れた。

「駄目だロゼッタ、息をするんだ、必ず助けるから、大丈夫、大したことない、こんな傷すぐによくなるから」ロゼッタを抱きかかえたエルモンドの目から大粒の涙が零れた。

 何か言おうとするが、ロゼッタの口からは血しか出てこず、喉がゴロゴロとなるだけだった。

「喋らなくていい、何も喋らなくていい。愛してる、愛してるよロゼッタ」

 ロゼッタの手がエルモンドの頬を撫でた。僅かに微笑み、ロゼッタの腕は力無く下ろされた。

 その時、ロゼッタの体が強い光を放ち宙に浮かび上がった。

 その光景を後から追ってきた騎士たち、それにモディリアーニ、騒ぎを聞きつけ起き出してきた住民たちが家の窓から見ていた。

 夜空に浮かび上がったロゼッタの背後に女神エキナセアが現れた。

汝等うぬらが何をしようと余の知ったことではない、故に放っておいたが、目障りな下等生物などさっさと始末しておけばよかったな。そこの雄、神の子を殺めるとは愚かなことよ、相応の報いを受けさせてやろう。悪魔に魂を売り神の子の力を奪ったそこの雌、お前のそのちっぽけな魂を捻り潰してくれよう。この国は神から見放された地となる」

 強い光がロゼッタとエキナセアを包み込み、誰もが光の強さに耐えきれず目を瞑った。次に目を開けた時には、ロゼッタも女神エキナセアも消えていた。

 何が起きたのか皆、しばらく呆然とした。

 女神エキナセアがロゼッタを神の子と呼び、この国が神に見放され衰亡すると告げられたことを理解するまで、少しの時間が必要だった。

「てめぇ!このヤロー!お前のせいでロゼッタが!殺してやる!」エルモンドがアロンツォに殴りかかった。

 アロンツォは茫然自失とし、エルモンドから殴られるがまま、口から血を流し「すまない」と言い続けた。

「やめろ!エルモンド!やめるんだ!殺してしまったらお前が罪に問われるんだぞ!」

 ジェラルドがエルモンドを押さえつけようとし、他の騎士たちも力を貸して、どうにかアロンツォからエルモンドを引き剥がした。

 タルティーニが部下に命令した。

「アロンツォ王太子殿下、ドナテッラ嬢、それからモディリアーニ教王を聖女殺害の罪で捕えろ!」

 この様子をこっそり見ていた住民たちにも聞こえていた。王太子と教王が聖女を殺し、この国は女神エキナセアから見放されたと。

 このことは、いずれあっという間に王都に広がるだろうとタルティーニは思った。

 領主館に戻り、タルティーニはアロンツォ、ドナテッラ、モディリアーニ、ファンファーニ、その他3人の神官たちを投獄した。

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