第29話

 日が沈み、明かりが灯された領主館は、暗闇に浮かんでいるようだった。遠くのほうから魔物が動く気配がする。

「さあ、お出ましだ。エルモンド、俺たちは護衛騎士だが今は聖女がいない、だから守る必要はないわけだ。互いの背中を守ろうぜ」ジェラルドは剣を構えて言った。

「ああ、任せとけ、お前がいなくなったらつまらないからな、守ってやるよ」エルモンドが答えた。

 エルモンドもジェラルドもタルティーニも誰も彼も、力の限り戦った。

 ロゼッタが前線に立っていたときは、すり抜けてきた数匹を相手にすればよかったが、今日は十数匹が同時に襲ってくる。

 エルモンドとジェラルドは背中合わせになって戦い互いの背中を守り続けた。

 その頃ロゼッタは牢屋から祈り続けた。

——どうか、エキナセア様、私が聖女だというのなら、お力をお貸しください、彼らをお救いください——

 祈ることしかできないロゼッタは無力感に打ちのめされた。


 討伐開始から3時間は経っただろうか、ようやく討伐に成功した。

 3時間ずっと剣を降り続けたエルモンドの腕は、石になってしまったようで1mmも動かせそうになかった。

 エルモンドは剣を地面に突き刺し、体を支えた。辺りを見回してみると、あちこちでうめき声をあげながら倒れている仲間が目に入った、大勢の死傷者が出たようだ。自分はこの光景を決して忘れることができないだろう。何年、何十年と経っても脳裏に焼き付いて離れない、そんな凄惨な光景だった。

 助けに行きたいのに、足が言うことをきかず、地面に根を張ってしまったのかと思い、足元を見ようとするが、瞼は重く潰れそうになり視界がぼやける。

 エルモンドはとうとう、どさりと地面に転がった。

ジェラルドも同じように地面に手足を投げ出して倒れた。

「これってあれだな、新人の時の強化合宿を思い出さないか?」

「あの1年は地獄だった。あれに比べたら楽勝だったな、ジェラルド」

「大丈夫か?」

「かすり傷ばっかりだ、お前は?」

「同じく」

「ドナテッラはどこ行った?」

「逃げ出したらしい、せめて治癒力くらい使ってほしいよな」

「違いない。俺はもう少ししたら動けそうだ」

「ああ、それじゃあ、もうちょっとこのままでいよう。俺もあとほんの少しで動けそうだ」

 2人は仰向けになり、夜空の星を長い間見つめ続けた。

 

 タルティーニは、部下を失った悲しみと、アロンツォを殴り殺したいほどの怒りを、必死に堪えながらアロンツォに死傷者の報告をした。

「死者24名、重体13名、騎士団を名誉除隊するしかない者たちです。数日は戦力にならないであろう者が38名、残り25名しかいません。彼らも疲弊し切っています。ドナテッラ嬢が召喚した聖獣は、逃げ惑っていたようですが何故でしょうか?ドナテッラ嬢が討伐の途中で館内に戻られたのを見ましたが、どちらへ行かれたのでしょうか?」

「騎士団長!不敬だぞ!」アロンツォは立ち上がりタルティーニの肩を押した。

 鍛え上げられた岩のような肉体のタルティーニは、18歳の青年アロンツォに押されたところで、びくともしなかった。

「何がです?私は王太子殿下に尋ねているだけです」

「ドナはまだ戦闘に慣れていないだけだ、魔族とは違うただの令嬢なんだ、大目に見るべきだろう」

「亡くなった者に言ってください。大目に見てくれと」タルティーニは足音荒く出ていった。

 なぜ私が侮られなけばならない?王太子なのに、騎士団長ごときに言われっぱなしになるなどあってはならない。

 アロンツォはこめかみを抑えた。頭が締め付けられるように痛み、額にうっすらと汗が浮かんでいる。

 アロンツォはドナテッラに会いに行くことにした。

 ドナテッラの部屋のドアを叩き来訪を伝えると、ドアが躊躇いがちに開いた。

「——アロンツォ様、どうぞ、お入りください」騎士が血を流し倒れたのを見て、足がすくんでしまい逃げ出したことを、騎士たちに咎められるのではと思い、ドナテッラはずっと部屋に閉じこもり隠れていた。

「ドナ、聖獣は逃げ惑ってばかりで戦わなかった。何故なのだ?」

「分かりませんわ。まだ上手く意志の疎通ができていないのかも、もっと訓練すればきっとお役に立ちますわ」

「今日、役に立たなかったという自覚はあるのだな。逃げたのはどうしてだ?途中で館内に逃げ込んだろう?」

「それは、神聖力が尽きてしまって……」

「たったの30分で尽きたというのか?」

「……まだ上手く使えなくて」

「ドナ、君を非難する声が上がってる。できないならできないと最初から言ってくれていれば——」

「ごめんなさい」

「怒っているわけじゃないんだ、すまない、咎めるようなことを言って、疲れているだけだ」

アロンツォはドナテッラを抱きしめた。

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