第28話

 日没まで残り2時間。

 タルティーニはエルモンド、ジェラルド、アリーチェを呼び寄せた。

「駄目だった、殿下は頑として聞き入れなかった。ロゼッタ様が魔族だと信じている」

「団長、ロゼッタは?」

 先ほどよりかは、いくらかマシになったようだが、エルモンドの顔は死人より死人らしいとタルティーニは思った。

「落ち着いている。見張りという名の護衛を置いてるから安心しろ」

「ありがとうございます」

 たったの2時間離れているだけだというのに、長いこと会えていない気がしてエルモンドはロゼッタの顔が見たいと思った。

「ただ、マルーンを召喚しようとしたが、できなかったらしい。精霊が言うにはロゼッタ様の神聖力をドナテッラ嬢が奪ったそうだ」

「精霊ですか?ロゼッタが?精霊の話なんて聞いたことないですが」

「ロゼッタ様も初めて見たと言っていた。女神エキナセアの加護がないと見えないらしい。俺にはさっぱり見えなかった」

「どうやって神聖力を奪ったっていうんです?」ジェラルドが訊いた。

 タルティーニは声を潜めた。「黒魔術らしい、ドナテッラ嬢が黒魔術を使って国王陛下や王太子殿下、王族全員をアホにしたって話だ。だから誰もあてにならん」

「じゃあその黒魔術を破壊すれば、全て元に戻るのではないですか?」

「術式なら精霊が壊せるらしいが、ドナテッラ嬢が使ってるのは魔法石というもので、それは物理的に破壊する必要があるんだが、精霊には無理なんだと。精霊は人や物と接触することができない、透過してしまうんだそうだ」

「じゃあ俺が行って壊してきてやりますよ」ジェラルドが言った。

「男のお前がドナテッラ嬢にどうやって近づくつもりだ?それじゃなくても俺たちは殿下に警戒されてる。半径10m以内に近づくのだって難しいぞ。そこで 1番確率が高いのはアリーチェ侍女長だ」タルティーニはアリーチエを見た。

「私やりますわ」

「いいや、その提案をしたらロゼッタ様に猛反対されて、もしアリーチェ侍女長を送り込んだら、ただでは済まさないと言われてしまったから却下だ。では、どうしましょうかと聞いたら、自分でやると仰られた」タルティーニは呆れたように言った。

「団長、ロゼッタを危険に晒すわけにはいきません。誰よりも大事な命です。私が行きます。取り押さえればいいことです」エルモンドが志願した。

「確かに、誰よりも大事な命だ。それは分かっているし、お前にとっちゃそれ以上だろうな。だけど、結局ロゼッタ様に任せるしかないんだ」

「なぜですか?」

「だって誰も魔法石なんて見たことないだろう?ドナテッラ嬢は宝石をたくさん持っている、どれを壊していいか分からない」

 その当たり前のことに、全員肩を落とした。

「ロゼッタ様こそドナテッラ嬢には近づけないでしょう、隙をつく必要があります。一度身を隠して時期を待つべきではないでしょうか」アリーチェが提案した。

「俺もそれを提案したんだが、ロゼッタ様は案外負けず嫌いで頑固だろう?逃げるのは嫌だと言っている。コルベール前教王様の仇を取ると」

「——ロゼッタ」まるで目に浮かぶようだ、強固な瞳で真っ直ぐ俺の目を見つめてくるロゼッタが。臆病なくせに芯の強い女性だ。

「そういうところを愛したんだろう?俺の妻もそうだった、結婚して3年で死んじまったがな」

 夕日がジェラルドの顔を照らした。海岸線に沈んでいくここの夕日は美しく、ジェラルドは心奪われた。

「今日の討伐はどうなるのでしょう?」

「殿下はドナテッラ嬢が召喚した聖獣で十分だと言っているが、ロゼッタ様曰く、あの聖獣は戦闘向きではないと、比較的争いを好まないんだそうだ」

「聖女教育の時に私も少し見せてもらいましたわ。あれは多分、オーカーとミスティとティール。性格は気まぐれで、襲うことはせず、戯れを好むと文献に書いてあったはずですわ」

「さすがはアリーチェ侍女長、恐れ入った。ロゼッタ様も同じことを言っていた」

 ジェラルドは大きなため息をついた。「それじゃあ何ですか、あのクソ女がロゼッタ様から神聖力を奪ったせいで、魔物は我々だけで討伐しなければならないってことですか」

「まあ、そういうことになるな。ドナテッラ嬢にも期待はできないだろう。俺にはあの令嬢がロゼッタ様みたいに戦えるとは思えないんだ。ロゼッタ様が強いのは生まれ持った性質と養蜂場で鍛えられた身体能力のおかげだと思ってる」

「精霊は助けてくれないのでしょうか?」エルモンドが訊いた。

「魔法は使えるが、戦闘能力は皆無だそうだ」

「こうなりゃ王太子もドナテッラも、それからモディリアーニたち神官どもも全員捕えるってのはどうです?」ジェラルドが提案した。

「それもいい考えのように思うが、ドナテッラを捕えた後、魔法石を使われるまえに壊さなきゃならない。一か八かだ。もし失敗すれば全員黒魔術にかけられるってことになるかもしれない」あんな女に操られ、ロゼッタを救えないなら死んだ方がマシだとエルモンドは思った。

「あの黒魔術というのは強力だ、王太子が別人みたいになってるからな、俺たちもロゼッタ様を魔族だと思い込んでしまうだろう。なるべく近づかないようにしたほうがいい」タルティーニが答えた。

 自分はすでにドナテッラに目をつけられているだろうと思うと寒気がした。頭の中をいじくりまわされるなんて死んでもごめんだ。

「手詰まり——ですわね」皆の心に浮かんだ言葉をアリーチェが代表して言った。

 タルティーニは目頭をギュッと摘んだ。

「アリーチェ侍女長が言ったように、移動の時が最大のチャンスじゃないか?その時に精霊たちに魔法石を探してもらう、ロゼッタ様がそれを聞いて俺たちに伝える、で、俺たちはその石を壊す」

「それならロゼッタも危険じゃないし、手際良くやればいけそうです」エルモンドにも最善の策のように思えた。

「よし、じゃあ決まりな、後はどうやって今晩を乗り切るかだ」

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