第18話

 ロゼッタの神聖力が安定してきたので、騎士団と合同演習をすることになった。

 当初王宮の中で訓練するはずだったのだが、国民の間で、騎士たちの訓練場が素晴らしいと噂になっていたことを思い出したロゼッタが、行ってみたいと何気なく言った一言が実現することとなった。

 姉たちが帰ってしまい寂しい思いをしているロゼッタにとって、いい気分転換になればと、エルモンドとジェラルドが騎士団長に進言してくれたのだと知りロゼッタは2人に感謝した。

 まるで王都をもう一つ作ったかのような広大な敷地の演習場を見てロゼッタは驚いた。

 何故ここが『ジェム』と呼ばれているのか理由が分かった。ジェムとは古代コロニラ語で双子という意味だ

「王都を鏡に映したみたいですわ」

 騎士団の団長、マルコ・タルティーニがロゼッタに説明した。

「ここは王都が混乱に陥った際、どう対処すべきか訓練する場所なのです。だから、王都をそっくりそのまま造ったというわけです」

「騎士団が敵との交戦だけを想定して訓練しているのなら、剣の腕を磨くだけで良さそうだけれど、敵の潜伏や、災禍に見舞われた時のことも想定して訓練いるというわけですわね」

「そうです。様々な想定で模擬訓練しておけばいざという時、右往左往しなくていいですし、指示系統も把握できる。混乱の最中、最も大事なのは指示系統です。そして、最も疎かになるのも指示系統なんです」

「今日はどんなことをするのでしょうか?」

「見てのお楽しみです。我々は聖女様のお力を見たことがありません。援護させていただく時のために把握しておきたいのです」

「今の私がどれくらい戦えるのかということですね。分かりましたわ」

「いずれは聖女様の存在が他国に知れ渡るでしょう。その時のために備えておいて損はありません。それでは、馬車で移動しましょう」

「有事の際、私は馬車で移動するのですか?」

「——いいえ、移動が必要な場合は護衛騎士と一緒に馬へ跨がっていただく必要があると思いますが」

「想定した訓練をしなければならないのでしょう?私は養蜂場で生まれ育ったのですよ、馬で駆けるくらいわけないわ。私がどれくらい乗馬が得意なのか把握しておいたほうが良いのではないかしら?」

 予想外の言葉にタルティーニの厳しい顔が綻んだ。

 部下の騎士が驚いた様子だったので、日頃タルティーニは笑わないのだろうと、ロゼッタは思った。

「そうですね、想定して訓練せねばなりません。それでは馬を選びましょう」

 タルティーニは伯爵家の4男で、これまで女性といえば貴族階級の令嬢にしか会ったことがなく、ましてや田舎で育った女性がどんな暮らしをしているのか知りもしなかった。

 乗馬はできても、駆けることはできないだろうと思っていた。

 ロゼッタは用意された馬を吟味して、栃栗毛とちくりげ色の牡馬ぼばに決めた。

「この子にしますわ、相性が良さそう」

 ロゼッタは誰の手伝いもなく、軽々と馬に跨がった。

「これは驚いた。本当に乗馬がお得意のようですね。この牡馬はドナートという名です」

「ドナート、よろしくお願いしますわね」

 王都で暮らしてみて分かったけれど、都会というところは毎日誰かしら働いていないといけないらしかった。人がいない閑散とした王都を歩くことはまずない。不思議な気持ちで誰もいないメインストリートへロゼッタは足を踏み入れた。

 若い騎士が先導し、ロゼッタの横をタルティーニが、後ろからエルモンドとジェラルドがついていき、アリーチェは馬車に乗り、演習場へ向かった。

「乗馬はいつ頃から始められたのですか?」タルティーニが訊いた。

「田舎では物心が着く前からポニーに乗せられますわ。ですから馬に乗れない子供なんていないのです。荷馬車しか持っていない家がほとんどですもの、単なる移動手段ですの。私も8歳になる頃には馬で賭けてましたわ。故郷では家族と遠乗りに出かけることもあったのですよ」

「遠乗りまで、それはお見それしました」

 一行は広い草原まで来て馬を降りた。

 普通の草原に見えるが、目を凝らして見ると、どうやら何かの装置が地面に埋まっているようだとロゼッタは思った。

「地面に何かの仕掛けがしてあるようですわね」

 タルティーニは装置のようなものが置いてある方へ歩いた。

「このように、このボタンを押すと、地面から銅板が立ち上がります。これを使ってランダムに銅板を上げ、槍の練習をするのです。私が今から立ち上げますから、それを倒していただけますか?当たると倒れるようになっています」

「分かりましたわ、でもボール投げはあまり得意じゃないの、当たらなくても笑わないでくださいね」

 今回の演習に参加している30人ほどの騎士たちは、後ろの壁にずらりと並んで見学していた。

「大丈夫ですよ。当たらなくても問題ありません。神聖力がどれほどの威力なのかを見たいだけですから、それではいきますね」

 かかってきなさい、全部倒してやるとロゼッタは意気込み、立ち上がった銅板に神聖力を次々に放っていった。何度か外したが全て打ち倒すことができて大喜びした。

「やった!全部倒せたわ!」

「お見事でした。これほど神聖力に威力があるとは驚きです。真正面から当たった銅板は割れてしまいましたよ」

 ロゼッタは得意満面の笑みを見せた。

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