第19話

「次は聖獣の出番ですわね」ロゼッタが言った。

「はい、今度はどのように聖獣を操るのか見させて頂きたいのです」

「分かりましたわ、ただ、密偵が得意なマルーンは人見知りですし、今日はドジャーとゴールデンロッドだけでいいかしら」

「構いませんよ」

「ドジャー、ゴールデンロッド、出てきてくれるかしら?」

 青く輝く翼を羽ばたかせたドジャーと、体長70cmほどの、小さな体躯のゴールデンロッドが出てきた。

 光り輝く聖獣たちに騎士たちは感嘆の声を上げたが、獣というからにはもっと獰猛な生き物が出てくると思っていたので、拍子抜けしてしまった。

「それでは、今から紙をお渡ししますので、書かれている物を聖獣に持ってきていただきたいのです」

「分かりましたわ」ロゼッタは紙を受け取り中を見た。

 ロゼッタは一言も声を発していないというのにドジャーが飛んでいき、並べて置いてあった雑多な物のうちから籐の籠を掴んで戻ってきた。

「——今のはどうやって操ったのです?」

 ドジャーが紙に書かれている文字を見て取りに行ったように見えて、タルティーニは目をぱちくりさせた。

「ありがとうございます。ドジャー」ロゼッタは籐の籠をドジャーから受け取った。「操ったのではありませんわ。私と聖獣は頭の中を共有しているのです。私が考えたことをドジャーが代わりにしてくれた、という感じかしら」

 ロゼッタはまた1枚紙を受け取った。

今度はゴールデンロッドが本を口に咥えて戻ってきた。

褒めてもらいたいのか、足に頭を擦り付けてきたゴールデンロッドをロゼッタは抱きかかえて、頭を撫でてやった。「ありがとうございます、ゴールデンロッド」

 その後もタルティーニが紙をロゼッタに渡し、聖獣が物を持ってくるというのを、何度か繰り返しだが、聖獣は一度も間違えなかったし、悩みもしなかった。

 まだ信じられず目をぱちくりさせているタルティーニが言った。

「では次は、どのように戦うかです。事前に護衛騎士から、盾と兜を用意するようにと報告を受けていますが?」

「はい、実際どれほど強いのかを知りたいなら直接戦うべきだとエルモンドとジェラルドが言いますので、騎士の皆さんには盾を持ってもらいゴールデンロッドに体当たりしてもらいます。そして、ドジャーは兜につけられた羽を取りますので、取られないように逃げてください」

 普段この練習に付き合わされているエルモンドとジェラルドが、同僚へ同じ屈辱を味わせるために考えたことだった。

 僅かに口元が緩んでいるジェラルドにロゼッタが言った。「楽しそうですわね。ジェラルドも参加してよいのですよ」

「私はただ今、聖女の護衛任務についておりますゆえ、持ち場を離れることは致しかねます」畏まった口調で喋るジェラルドを訝しんだ騎士たちは一抹の不安を覚えた。

「逞しい騎士さんは、意外と臆病なのですわね」ロゼッタはクスクスと笑った。

「ロゼッタさまー」こちらがいつものジェラルドだ。

 タルティーニに睨まれたジェラルドは小さくなった。

「ではまず皆さん、兜を被ってください。ドジャーは爪が鋭く毒を持っています。決して引っ掻かれないように注意してください」

 にっこりと笑って言うロゼッタに、騎士たちはさらに不安になった。

 それもそのはず、ロゼッタの評判といえば、あの腹黒モディリアーニ教王をやり込め、第2王子の婚約者にどうかと国王陛下から打診をされたにもかかわらず、きっぱり断った恐ろしい女だというものだったからだ。

 騎士たちは見たこともない速さで飛んでくるドジャーから逃げ惑い続けたが、何度挑戦しても、狙いを定められた者は皆、3秒以上死守できた者はいなかった。

 鳥に負けてしまった騎士たちは矜持を奪われ、今度こそ負けはしないと気合いを入れたが、体長70㎝のゴールデンロッドより1m以上大きな人間たちは、簡単に転がされた。

「どうでしたか?皆さん、小さな体躯だと侮っていましたでしょう?ゴールデンロッドは強いのですよ」

 ずっと言いたくてうずうずしていたのであろうジェラルドが言った。「みっともないな、騎士のくせして、どうだ?参ったか?」

「ジェラルド、あなたはとても強いから勝てますわよね」

 ゴールデンロッドがジェラルドの方を向き身構えた。

「ちょっと待ってください、ロゼッタ様、冗談ですって」ジェラルドは後退りした。

「ゴールデンロッド、ジェラルドを追いかけてくださる」

「わあー」突進してくるゴールデンロッドにジェラルドは悲鳴をあげながら走って逃げた。

 タルティーニとロゼッタは手のひらを合わせてハイタッチした。

「ゴールデンロッドは優しいジェラルドが大好きなのですよ」

「晩餐会の時は随分と命知らずな威勢のいい女性だと思っていましたが、どうやら素のあなたは純粋で愉快な方のようですね」

「私は2つの顔を使い分ける女なのですわ」ロゼッタはイタズラに笑ってみせた。

 ちょっとでもヘマをしたら、聖女から痛い目に合わされると怯えていた騎士たちは、ロゼッタの人柄を知り和んだ。

「聖女様、本日は騎士団にお付き合いくださり深謝いたします。有事の際は聖女様が存分にお力を発揮できるよう騎士団は聖女様のお命を全力でお守りいたす所存です」

「そんなに畏まらないでください、私の我儘でここに連れてきてもらったのですから、こちらこそ感謝しなければ。ありがとうございました。とても良い気分転換になりました。タルティーニ団長。どうぞロゼッタとお呼びください」

「ロゼッタ様とお呼びできる栄誉をくださり欣幸の至りでございます」

 我らが団長が、数少ない栄冠を手にしたと騎士たちはもてはやした。

 ロゼッタが自分の名を呼ぶことを許したのはこれまでに、王族とコルベール前教王、エルカーン枢機卿、ヴェルニッツィ侯爵にドナテッラ嬢、聖女宮の侍女たちとエルモンドとジェラルドだけだった。

「タルティーニ団長、今度は実戦を想定した訓練がしてみたいですわ、騎士団の訓練にまた付き合わせてくださいね」

「騎士団はいつでもロゼッタ様を歓迎いたしますよ」

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