第17話

 ロゼッタは聖女宮に戻ってきて湯浴みと着替えのため自室に入った、エルモンドとジェラルドは夜の警備隊に後を引き継ぎ、外に出た。

 ジェラルドは人気のないところへエルモンドを連れて行き、声を落として非難した。

「エルモンド!お前なにやってる!あのダンスは何なんだ、あれじゃ愛し合ってる恋人同士じゃないか!他の貴族どもに目をつけられたぞ!彼女が踊ったのは陛下と王太子とお前だ。お前が本命だって言っているようなものじゃないか!」

「構わない、それでロゼッタを守れるなら構わない!俺が盾になる」

「もう気持ちを誤魔化す気もないってか」

「——ああ、俺はロゼッタを愛してる、だから何だ、どうにかなろうとしてるわけじゃない、ただ守りたいんだ。晩餐会の時1人で戦ってる彼女を見てたら、いてもたってもいられなかった」

「そりゃみんな一緒だよ、アリーチェ侍女長だって、俺だって助けたいと思うよ。だからってあからさまに恋してますって言いふらしてどうするんだよ、そんなことしたらお前、聖女の護衛から外されるぞ!」

「それは……」

「だから俺が言ったんだ、気持ちは隠せと、2度とあんな真似するな、お前だって貴族だろ、ポーカーフェイスに徹しろ」

 エルモンドは力無く肩を落とした。


 翌朝、聖女宮に赴くとロゼッタはまだ眠っていた。

「昨晩は遅くまで侍女たちとパジャマパーティーで盛り上がりましたからね、もう少し寝かせてあげましょう」

「元気そうでしたか?」

 そう聞いたエルモンドの顔は死人のようで滑稽だとアリーチェは思った。死人に元気か聞かれるなど冗談にも程がある。

「まあまあってところでしょうか、エルモンド卿は最悪って感じですね、シャキッとするようにエスプレッソでもいかがですか」

「ありがとうございます」

 アリーチェはエルモンドの背中をトントンと叩いて慰めた。

「私はロゼッタ様が幸せであればそれでいいのです。もしあなたが本気なのならば応援しますよ」

「——アリーチェ侍女長」

「でも今はタイミングが悪いですね、貴族のマウントとりが激化し始めるでしょうから、落ち着いた頃合いを見計らう必要があります。ロゼッタ様は結婚しない純潔を守ると明言なさいましたから、結婚も男女の関係を持つのも難しいでしょう、ですが秘密の恋人として隣にいることはできると思いますよ」

「ありがとうございます、アリーチェ侍女長」

 エルモンドは少し元気が出た。

 今はダメでも3年とか5年も経てば貴族たちも聖女の存在を気にしなくなるはずだ。平時の今は聖女が表立って行動することもないし、この聖女宮でひっそりと愛し合えばいい。その時までしばしの辛抱だ。

 

 昼近くなってようやくロゼッタは起き出した。

 窓の外、雨が落ちる庭園を眺めながら朝食を取っていた。

「ヴェルニッツィ侯爵も、2人の令息も、あまり好きではありませんでしたわ。アロンツォ王太子殿下が嫌がるのがちょっと分かった気がしますわね、要警戒人物って感じでしたわ」

「貴族なんて皆あんな感じですよ。舞踏会は華やかだけど、実際は腹の探り合い、自分の権威を示したり、擦り寄ったり」

「ジェラルドはあまり舞踏会が好きではないのですね。私もあんなに人が多いとは思いませんでした。始終話しかけられて疲れましたわ。今後は極力遠慮したいですわね。あなたたちが優しいからその違いにちょっと驚いてしまいました」

 昨日のダンスを夢のようだと思ったが、本当に夢だったのかもしれないと思うほどに、ロゼッタはいつも通りだった。

 自分は明日どんな顔をして会おうかと、一晩中考えて眠れぬ夜を過ごしたというのに、ロゼッタはあれで、始まってもいないこの恋を終わらせるつもりなのかもしれないと思うと、エルモンドの気持ちは沈んでいった。

「これで良かったのかしらね、今はまだ分かりませんわ、モディリアーニ教王に対抗するためにはこの方法しか無かったのだろうけれど、ヴェルニッツィ侯爵をあまり信用しない方がいいかもしれません。彼には何か企みがある気がしてならないのです。推理小説風に言うとニオウってだけで、確証はないのだけれど」

「ロゼッタ様がそう思われたのなら、その感を信じた方がいいと思いますわよ」アリーチェが言った。

「それは私が悪意を感じ取れるからでしょうか?」

「私はロゼッタ様の感を信じますわ」

「コルベール前教王派だった、サミュエル・エルカーン枢機卿に、聖女教育を続けて欲しいって私からお願いすることってできるのかしら?昨日お会いした感じだと、とても感じのいい方だったのです」

「ロゼッタ様たっての願いとなれば、教会も許可するしかないでしょう。手配してみます」エルモンドが答えた。

 今日初めて会話を交わしたエルモンドにロゼッタは嬉しそうに微笑んだ。


 それから夏がやってきて、ロゼッタの姉たちが聖女宮を訪れた。

 その頃には国中に聖女誕生の知らせが届いており、聖女の名前が自分の妹と同じ名であることを、家族たちは笑い話しにしていたが、王宮から派遣された騎士団が、家族の身の安全を考慮し、聖女の家族であると知られないようにするため、行商人を装いこっそり接触してきたときは、家族一同腰を抜かした。

 王都に家族全員で行く、娘の無事を確認すると言い張った父親を、家族全員で王都に行けば怪しまれる、姉2人だけを親戚の家に遊びに行かせるという理由をでっちあげた方がいいと説得して、騎士団は姉2人を聖女宮へ送り届けた。

 王都につくと豪奢な馬車に揺られ、王城の門をくぐった姉たちは、その荘厳さに目を丸くした。

 聖女宮までびくびくしながら連れられてくると、実の妹が見たこともないような煌びやかなドレスを着て、侍女たちから世話をされている貴婦人のような妹に姉たちは立ち尽くした。そんな姉たちをよそにロゼッタは飛びついた。

 そしてひとしきり泣き、鳩が豆鉄砲を食らったような姉たちの顔が面白いと言いひとしきり笑った。

 姉たちは聖女宮に滞在して、お洒落なオートクチュールを巡ったり、王国劇場で観劇したりと楽しい時を過ごした。

 エルモンドはあの倉庫で無邪気に笑っていたロゼッタを久しぶりに見ることができて嬉しく思った。ようやく本来の自分を取り戻せたのだろう。いつか自分にもあの笑顔をむけて欲しい、そして、彼女が自分を偽らなくてもいい存在になりたいと願った。

 子供の頃へ戻ったように仲良く過ごした3ヶ月は、あっという間に過ぎていき、姉たちが帰る頃にロゼッタは、甥や姪たちへのプレゼントを山のように買い込んだ。

 ロゼッタは別れを惜しみ、姉たちは後ろ髪引かれる思いで故郷へ戻っていった。

 姉たちが帰ってしまってからは寂しそうにしていたが、エルカーン枢機卿の博識を気に入ったようで、聖女のことだけではなく、異国の食べ物や文化の話をして過ごした。

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