第25話

 ロゼッタが昼食を食べ終えて、アリーチェが淹れてくれたお茶を飲みながら窓の外を眺めていた時、ドナテッラが領主館に到着した。

 ドナテッラの他に神官たちも一緒に来たらしい、教王と、ファンファーニ枢機卿、その他3名の若い神官が同行していた。

 ロゼッタは窓からその様子を見ていた。

「嫌な予感しかしないのだけれど、教王にファンファーニ枢機卿、そしてドナ——珍しい組み合わせね、どうやらドナは私の味方ではなかったようですわ」

「そうだな、警戒した方がよさそうだ」

 エルモンドも荷下ろしをしている馬車を見つめた。

 部屋の前が途端に騒がしくなり、やはり何か起きるのだと身構えた。

「何があっても私の指示に従ってください。私には聖獣がついていますから、自分の身を守ることを最優先にお願いします。アリーチェは離れていてください」何か言いたそうなエルモンドの口に人差し指をあてて黙らせた。「これは聖女の決定です。意義は認めません」

 アロンツォがドアを蹴り開けた。

「ロゼッタ・モンティーニ、お前を拘束する」

 同行させていた騎士たちに命令しロゼッタを取り押さえようとしたが、エルモンドとジェラルドが立ちはだかった。

「王太子殿下、これはいったいどういうことですか!聖女様を取り押さえるなど不敬です!」

「この女は聖女なんかじゃない!魔族だ!敵のスパイだったんだ!エルモンド卿、ジェラルド卿、死にたくなくば剣を置け!」

「エルモンド、ジェラルド、すぐに剣を納めなさい、何か誤解があるようです、今は大人しく捕まりましょう。女神エキナセアは全てをご存知です。誤解はすぐに解けるでしょう」

 ロゼッタは胸を張りアロンツォを真っ直ぐに見つめた。

 エルモンドとジェラルドは剣を納めた。

「ふん、さすがは魔族だな、騙すのが上手い、連れて行け!」

 ロゼッタは両腕を騎士に引っ張られて、僅かに顔を歪めた。

「聖女様だぞ!丁重に扱え!魔族だなんてどうしてそうなるのですか!王太子殿下!説明してください!」エルモンドは拳を血管が浮き出るほど握り締め、飛びかからんばかりにアロンツォへ食ってかかった。

「これがその証拠だ、コロニラを乗っ取るために送り込まれた魔族のスパイだったんだよ、あの女は」アロンツォは書類をエルモンドに差し出した。

「——そんな」エルモンドは立っていられず、がくりと膝を床についた。

 確かに書類には彼女が魔族であるという証拠が記されていた。

 1枚は神聖力が魔力だとする調査書類。

 もう1枚ロゼッタ・モンティーニの司法解剖書、そしてステンレスの台に横たわる血の気が失せた遺体の写真。

「今から4年前の長月ながつきに、溺死している。その時に入れ替わったのだろう。王都に来て間もない田舎娘だ、簡単に殺せただろう。王都に知り合いもいない、魔術で顔を変えさえすれば、誰にも気づかれず成り代われる」

 偽物の遺体だと分かっていても、死んだ女性がロゼッタと同じ顔で写っている写真は、エルモンドの胸を掻きむしった。どうやってやったのか、本当にロゼッタにそっくりだった。

「残念だよエルモンド卿、忘れることだ」

「王太子殿下、発言をお許しください、彼女が魔族ならば、丁重に扱ったうえで、ヘリオトープ大陸に送り返すのが良いのではありませんか?」アリーチェが発言した。

「何を馬鹿なことを、魔族を丁重に扱うなどありえない!」

「ですが、魔術を使われたら?他の魔族を呼ばれたら?魔物が押し寄せたら?応戦できますか?」

「問題ないドナがいる。彼女が本物の聖女だったんだ」

「しかし、ドナテッラ嬢は惑星直列の間に生まれていません」ジェラルドが意義を唱えた。

「聖女の発現にその条件が本当に必要なのか疑わしいのではありませんか?だって300年も前の文献なのでしょう?憶測にすぎませんわ。それにほら、聖獣もちゃんといますよ」

 ドナテッラは体長2mほどのネコ科の聖獣を3匹従えていた。興奮しているようで、鋭く長い牙を剥いて、耳を覆いたくなるほどの咆哮を上げた。

「この聖獣を見ろ、魔物が大量に襲ってきたって問題なさそうだろう?それに比べて、鳥に、イタチに猿だって?わざと弱い聖獣を召喚したのだ。まあシンバは役に立ったが、それも負けそうだったから咄嗟に召喚したに決まっている。魔術で召喚できるくらいだ、聖女であるドナがシンバを召喚しなおせばいい。そうなれば鬼に金棒、魔族が魔術を仕掛けてくる前に殺してやるさ。

卿たちは動揺しているだろうから聖女護衛の任を解く、侍女もだ」そう告げ、アロンツォとドナテッラは部屋から出ていった。

「エルモンド」ジェラルドがエルモンドの肩に手を置いた。

「アリーチェ侍女長!なぜ魔族の国へ送り返せと言った!」エルモンドはアリーチェに詰め寄った。

「声を落としてくださいエルモンド卿、王太子殿下はロゼッタ様が魔族だと確信しているようでしたわ。すぐにでも処刑されてしまうかもしれません。移動の時が最大のチャンスなのでは?」

「ロゼッタ様が死ねばこの国は終わる。なんで王太子殿下がこんな戯言を信じてるのか分からないが、ロゼッタ様を逃がす必要がある。アリーチェ侍女長、そういうことですね」ジェラルドが言った。

「ええ、そうですわ。最小限の人数で動かなければなりません。人が増えればそれだけ、計画が露呈する恐れがありますわ」

 動揺して視界が揺れ動き、エルモンドは立っていられず、床にへたり込んだ。ロゼッタの身が心配で胸が張り裂けそうだった。

「俺はロゼッタのところに行ってくる——様子を見てくる」

「心配する気持ちはわかりますわ。私も同じですよ。ですがロゼッタ様への接触は避けた方がよいでしょう。特にあなたは味方だと思われてしまいますわ。恋人に裏切られ憔悴したふりをしてください。仲間だと疑われ投獄されてしまえば、ロゼッタ様を救う機会を逃してしまいますわ」

「だが、彼女にもしものことがあったら俺は——」エルモンドは今にも泣きそうだった。

「大丈夫だ、聖獣がついてるし、いざって時はシンバに乗って逃げればいいだけだ、それにロゼッタ様は騎士たちに好かれてる。馬鹿なことする奴はいないさ」

「エルモンド卿、ロゼッタ様の願いはご家族の無事ですわ。ならば必ずロゼッタ様のお命をお守りしなければなりませんでしょう?チャンスはたった一度だけ、集中して下さいませ」

 アリーチェはエルモンドの顔を両手で包み込み、軽くパンと叩いた。おかげでエルモンドは正気を取り戻した。

 ロゼッタの部屋へ早足にドタドタとタルティーニが押し入ってきた。

「エルモンド、ジェラルド、報告!」

「ロゼッタ様が王太子殿下に魔族だと疑われ、拘束されました」ジェラルドが答えた。

「魔族だと⁉︎証拠は?」

「ありました。ロゼッタ様の死亡診断書、神聖力を魔術だったとする裏付けまで、ロゼッタ様が本物のロゼッタ・モンティーニを殺し、成り代わったのだと言っていました」

「モディリアーニ教王の姿を見た。あいつの仕業だろう。最近王太子殿下の様子がおかしいと思っていたが、とうとう分別ができなくなってしまったか。エルモンド、俺が様子を見てきてやる。誰も手を出さないように、見張りはロゼッタ様を慕っている奴らに任せるから、とりあえずお前らは大人しくしていろ」

「はい、よろしくお願いします。ロゼッタをお願いします。大事な人なんです」エルモンドは深々と頭を下げて頼み込んだ。

「心配するな、何とかしてやる」

 タルティーニは地下壕へ向かった。

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