第9話

 ロゼッタが王宮に来て1ヶ月が経とうとしていた。

 教王の授業は思いの外楽しかった。それに比べてマナー講習とダンス講習はボロボロだった。どうやら優雅さというものに才能がないらしい。

「エルモンド、ジェラルド見て、聖獣を召喚できたわ」教王の指南を受けていたロゼッタが嬉々として飛び出してきた。(エルモンドとジェラルドは授業の間部屋の前で警護している)

 ロゼッタが従えていたのは、ドジャーとゴールデンロッド、それからマルーンだ。

 ドジャーは美しい紺青色こんじょういろの羽が特徴の鳥で、ゴールデンロッドはロゼッタが最初に召喚した聖獣、イタチのような見た目で、その名の通り金色の毛を纏い光り輝いている。

 マルーンは猿人類で、赤銅色しゃくどういろの毛がふさふさしていて、愛らしい見た目をしているが、非常に警戒心が強くなかなか飼い慣らすことはできない。一度主人と認めた者には絶対の忠誠を尽す。

「すごいですね、1ヶ月で聖獣を召喚できるとは、歴代最高なのではないですか」エルモンドは、文献でしか知り得なかった聖獣を、この目で見ることができ歓喜した。

「そうなのですか?出てきてくれるようお願いしたら姿を現してくれたわ」

「ええ、300年前に現れた聖女様は聖獣の召喚に半年はかかったと文献が残っております」

 子供がいない教王はロゼッタを孫のように可愛がった。

 神官に結婚は許されていない。何故なら女神エキナセアにその身体を捧げるからだ。禁欲と生涯独身を貫かなければならない。

「まあ、それでは教王のご期待に添えたかしら?」

「はい、ロゼッタ様。まさか生きている間にこのような素晴らしい光景を目にすることができた僥倖に感謝いたします。もう思い残すことはありませんよ」

「まだ駄目ですわよ、教王にはもっと長生きしてもらわなければなりませんことよ」教王の腕に腕を回し、ロゼッタはギュッと掴んだ。

「ハハハ!これは参りましたね。これではエルモンド卿の不興を買いそうですな」

 エルモンドとジェラルドは監視の内容を教王に報告する義務があったので、ロゼッタがエルモンドことマテオに淡い恋心を抱いていたことを知っている。

「もう、またそんな事言って、皆さん図書館の倉庫で言った私の戯言は忘れてくださらないかしら」

 膨れっ面のロゼッタを教王は大いに笑った。

「ロゼッタ様、聖獣の召喚ができたのでそろそろ聖女の即位式の話しをしなければなりません」彼女が最も避けたがっていることを、言わなければならないことを心苦しく思った。

「——即位式ですか、また厄介そうですね」ロゼッタの顔が憂色に染まった。

「そうですね、ロゼッタ様にとっては厄介でしょう。大勢の貴族の前で聖獣を召喚し、聖女であることを示し、改めて玉座に座りコロニラ王国の繁栄を祈らねばなりません」

「人前に立たなければならないのですね……、私の1番苦手な分野ね」

「お助けすることができれば良いのですが」エルモンドは申し訳なさそうに言った。

めずおくせずやり遂げて見せますわ。皆さんが陰ながら支えてくれていると思うと、不思議と勇気が湧いてくるのです」

「我々はいつもあなた様のお心に寄り添っております。貴族に生まれたのならまだしも、国の重鎮たちの前に立つなんて、あまりにも酷というもの。なるべくロゼッタ様の負担にならぬよう神官一同は尽力する所存です」教王は手を合わせ深々とお辞儀した。

「感謝いたしますわ。私のことで皆さんの手間を取らせてしまい申し訳なく思っております。あまり無理はなさらないでくださいませ」

「おやおや、聖女様に申し訳なく思わせてしまうとは、私もまだまだ若輩者ですな」教王は声をたてて笑い、豊かな白い山羊髭を扱いた。「貴族は強かな連中が多いです。利益ありと判断すればすり寄ってくるでしょう。しかし、大事なのは金と己の命。誰を信じるか厳選なされませ。さもなくば足元を見られます」

「教王様!」

 ロゼッタに脅すようなことを言った教王に声を荒げたジェラルドを、ロゼッタは手振りで押し留めた。

「よいのです。教王が私を思って言ってくれているのだと分かっていますわ。正直言って今すぐに閉じこもってしまえたらどんなにいいかと思いますわ。ですが、私は聖獣を召喚してしまいました。こうなっては後に引けない、立ち向かうしかないでしょう。足元を盤石なものにするために、豪胆にもなりましょう」

「良い心意気です」教王は満足そうに微笑んだ。

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