探偵はトイレにいる

 一陣の風が、中庭のケヤキの枝葉をひとしきり鳴らしていった。ようやく人心地がついて、僕は長々と安堵のため息を吐く。そしてしばらくはオカ研とも丸頭の野球部員とも距離を置けることを、ひそかに喜んだ。


 心霊探偵──巷でそんな評価を確立している我が民俗学研だが、そのうち「心霊なんでも屋」への改称を余儀なくされるかもしれない。とうとう校内で起こった怪事件の調査はおろか、揉め事の仲裁まで任されるようになってしまった。はっきり言って迷惑な話なのだが、あの人にとってはそうでもないのだろう。


 教室も廊下も明かりを落とされた校舎の中で、そこだけが白々と明るい男子トイレ。会がお開きとなり、須羽さんや三神さんに別れを告げてなお、僕は学校に留まっていた。そしてあの人──すなわち部長が会いに来るのを待っていた。


 部室の鍵は、定期考査の一週間前から全面的に貸し出し停止となる。よっていつもの如く、特別校舎の四階まで赴く必要こそなくなったが、だからといって民俗学研の定例報告そのものも休止というわけにはいかない。なにしろうちの部長には、試験期間も長期休暇もまるで関係ないのだから。

 野羽のば高最果ての地と揶揄される特別校舎くんだりまで足を運ぶ手間が省けたのは幸いだが、その一方でどこにいるかもわからない部長を真っ暗な学校で探すというのも、ぞっとしない話だった。ちゃんと当初の手筈通りに、向こうから会いに来てくれるといいのだけど。


 小用を足す。そして手を洗う。石鹸を流しながら、僕は先刻須羽さんたちから教えられた、ミドウサマの儀式に必要な物品に思いを馳せた。


 十円玉一枚。五十音と十個の数字、それに鳥居のマークが書かれた紙一枚。ここまではごく普通のテーブル・ターニングと変わらない。不思議なのはキャンドルだった。それも一本や二本ではない。須羽さん曰く、できる限りたくさんのキャンドルを立てなければならないのだそうだ。さっき彼女は結界という言葉を使っていたけれど、それと何か関係があるのだろうか?


 そうして首を捻りながら、手を拭こうとポケットをまさぐっていた時。不意に背後で個室のドアが開く音がした。次いで、含み笑いの声。


「お疲れのようだね、香宮君」


 振り返った僕は、危うくハンカチを取り落としそうになった。

 あろうことか、当の部長がそこに立っていたのだ。

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