第3-1話 修行

ノアは宿屋の一室で目を覚ました。

眠りから覚めると、彼女はゆっくりと体を起こし、周囲を見回す。部屋は薄暗く、窓から差し込む光だけが部屋を照らし出す。


ノアはベッドから起き上がり、身体を伸ばした。その短い瞬間に、眠りから目覚めたばかりの体が目覚めを告げるような感覚が広がる。彼女は深呼吸をし、部屋に広がる朝の香りを感じた。


「今日は雨か……」


雨粒が窓ガラスを叩き、落ちていく。

ノアは部屋の中を見渡し、自分の荷物や装備が整然と整理されていることに安堵の表情を浮かべた。宿屋の快適な雰囲気と、丁寧に整えられた部屋の様子から、彼女は安心感を抱いたのだ。


前日に美味しいご馳走を鱈腹食べ、新しくできた友人との交流を思い出す。


「今日は雨だからなー……何をしようかなー」


あ、そう言えばデスクローラーの素材の話がまだ残ってたな……。

あれだけの大きさと量……結局どうなったのかな……。

ノアは疑問に思いながらも身支度を整えていく。ふとした瞬間に扉の方に目をやると、ドアの下の隙間から手紙が一枚投げ込まれていた。

ノアは首を傾げながらその手紙を手に取り送り主の名前を見る。


「アラン・ストーングレイド……アランからじゃん」


封筒から手紙を取り出し、内容を読む。


お前が倒したデスクローラーの素材の話だが、中型の固体ともあって素材の量が半端ではない。

一応お前の友人二人にも確認をとったが、「倒したのはノアだから素材までは受け取れない!」と、二人そろって断固拒否されたのでお前に受取義務が発生する。

現在はギルドに保管してあるから使い道を考えておくように。

一応俺からの助言だが……毒牙は武器や矢に組み込むといいだろう。毒麟は普通の武具屋では加工できない代物だから街外れに住んでるバンガルフってやつの所へ行け。気難しいヤツだが腕は一級品だ。

皮や鱗は防具に加工するといいだろう。

そして邪眼だが……片目は焼かれて使い物にならなかったが、一つでも20,000フェインはくだらない代物だ。売れば良い金になるし、武器や盾に使えば邪眼の恩恵を得られる。魔道具にしても良いし……まあ、兎に角そのままギルドに流すような事はするなと伝えてやる。


ノアはアランからの手紙に心躍らせ、クスクスと笑う。


「ほんっと心配性なんだから」


確かにデスクローラーの素材はどうにかこうにかしないといけない問題はあるなあ……。

ノアが戦ったデスクローラーの体格はかなりのものだ。それに彼女の攻撃の殆どは弾かれていた為傷も少なく、使える部位が沢山ある。


「武具を新しく新調しないといけないし……ここは奮発して一新するかっ!」


目的が決まれば行動するのみ!

支度を整えたノアは宿屋を後にした。





手紙に書かれた地図を頼りに、雨の中、街の外れにあるバンガルフの家へ向かう。ミルカに乗りながら道中を速く駆け抜ける。

バンガルフの家までは広大に続く農地が広がり、畑では農家たちが野菜や穀物を丹精込めて育てていた。

数十分走ると、工房が付いた家を発見する。ミルカを馬小屋に預けた後、ノアは家のドアをノックした。


「すみませーん! バンガルフさんのお家ですかー?」


しばらく待つが、誰も出てこない。


もう一度ドアをノックしながら声をかける。


「すみません! 誰かいませんかー!? おーい!」


やはり誰も出てこない。

留守なのかなー?

そう言えば手紙にはこう書かれていたな……ドアをノックしても出てこなければ、蹴り破ってもいいと。


「誰も出てこないならドアを蹴り破りますよー」


ノアが今にもドアを蹴り破ろうと足を上げると、中からたくましい髭面をしたドワーフのおじさんが出てきた。

頭頂部は少し残念な感じで、筋肉質だ。継ぎ服を着ており、片手には食べかけのパンが握られていた。

彼は咀嚼しながらノアを睨みつけるように見上げる。


「おん? アランとこのバカガキか? こんな朝っぱらから何の用だ」


思いっきり酒焼けした声で不機嫌そうに言う。


「武具を作って欲しい!」


ノアがにっこりと笑いながら言う。


「断る!」


ドアを思いっきり閉められた。


「それじゃあドアを蹴り破りまーす」


再度ノアがドアを蹴り破ろうと足を上げると、ドアが開かれる。


「わーった! わーたっての! ったく……とりあえず中には入れよ」


「お邪魔しまーす」


ノアは案内されるままに中へと進む。

室内の家具はドワーフ族の身体に合わせて作られており、どれも小さくて可愛らしい。部屋は整理整頓されていて、無駄が一切ない。

飾り気はなく、とても質素だ。

彼はまだ朝食の途中だったのか、椅子に座り朝食の続きを食べ始める。


「まあ、適当に座れや」


ノアは言われるままに床に座った。


「なんでそうなるんだよ! ソファーがあるんだからそこに座れや!」


言われた通りにノアはソファーに座る。


「バンガルフさんでいいんだよね? 私はノア、よろしくね」

「知ってるよ。アランとこの弟子なんだろ?」

「アランを知ってるの?」

「知ってるも何も、俺はあいつがガキの頃から知ってるし、あいつが使ってる武具は俺が作ったんだからなあ」

「鍛冶には詳しくないけどアランが使ってる武具って滅多に傷つかない気がする」

「そりゃあ龍の革を使った防具と俺が打ったミスリルの剣だからな、相当な事でも起きねぇ限り傷つかねぇよ。それよりも俺の家に来たって事は武具を作りに来たんだろ?」


バンガルフは長い髭をさすりながらノアに尋ねた。


「今まで使ってた武具は戦闘で大破しちゃってね……。一応デスクローラーの素材を幾つか持ってきたんだけど」

「見せてみろ」


ノアは魔法の鞄の中から折り畳んであるデスクローラーの革や鱗等をを差し出す。バンガルフは虫メガネを手に取りノアから渡された素材達をじっくりと見ていく。


「かなりの上物だな……この革の光沢としなやかさ、鱗の大きさと厚みを考えると中型の固体か?」

「すごい! 見ただけで分かるんだね」

「あたぼうよ。さすがアランが弟子として育てただけある、邪眼も状態が良いし毒牙も毒袋も状態がいい。毒麟まであんのか、かぁー! こりゃすげぇや。このディレンブライトの毒袋も状態が良い!」

「どうかな、なにか作れそう?」

「なんでも作れる。寧ろおめぇは何が作りたいんだ?」


ノアはときめいたように瞳をキラキラと輝かせた。


「ならこうしてほしんだけど!」


と、ノアはあれよこれよとバンガルフに要望を伝えた。


「やっぱり一瞬でもいいから隙が欲しいんだよね~。なんかこう、邪眼とか毒とかで動きを止められたら良いなって思ってる。でも魔物の肉を利用したいから毒というより麻痺……痺れさせて動けなくなったら尚いい。遠距離武器もクロスボウもいいんだけどいちいち一発ずつ装填しないといけないのが面倒なんだよね……なんかこう便利な武器ないかなーってずっと思ってんだ」


彼はノアの要望を黙って聞きながら素材を片手に工房へと歩いていく。ノアはバンガルフの後ろを着いていきながらバンガルフと共に工房へと足を踏み入れていく。


工房の扉がゆっくりと開かれると、熱気と鍛えられた匂いが室内に広がっていた。ノアは目を細めながら、その光景に息を飲む。


鍛冶炉の周りには燃え盛る炎が舞い上がり、燃えた鉄が赤々と輝いてる。

バンガルフは椅子に座り、ハンマーを片手に持ち、腕を高く掲げた。

その手は鍛錬された筋肉に包まれ、筋肉の動きがまさに躍動感に満ちています。


工房内は熱気に満ち、金属の音と打ち付ける音が響き渡る。バンガルフの激しい打撃音は、まるで雷鳴のような迫力を持ち、その音色はまさに鍛冶職人の魂そのものだ。


「お前の剣はアランから預かってる。ミスリルの剣をよくもまあここまで潰したもんだ……」


真っ赤に燃え滾るミスリルの剣を水に浸けると、熱された水蒸気が一気に立ち上がった。剣をじっくりと冷やした後、再度灼熱の炉の中に刀身を入れる。

バンガルフの周りには様々な工具が置かれており、金床の上には熱々の鉄が置かれていた。彼の手は確かな技術と緻密な計算に基づき、鉄を叩きつける。その一振り一振りが精密に行われ、金属が芸術的な形状に変わっていく様子はまさに神業と言えるものだった。


「お前、アランから剣を貰ったんだろ?」

「冒険者として初めて活動するときにね」

「なるほどな。ストレイニルの奴らが打つミスリルは特殊でな……。ミスリルの他にいろんな鉱物を独自の配合で作った特殊合金なんだわ。これがまた加工が厄介極まりなくてなあ……。熱して冷やしてを七日繰り返して、グリフォンの酸に三日漬けこんで、魔法炉で焼いてを繰り返してようやっと打てる段階にもっていけるんだ」


火花が飛び散りながら、鍛冶の作業は進行していく。バンガルフの汗が額から滴り落ち、彼の表情は真剣そのもの。鍛冶場は彼の情熱と技術が交錯する場所であり、新たな武具が生まれる瞬間を目撃しているような錯覚に陥ります。


ノアは彼の作業に目を奪われ、息を呑む。

いつの間にかバンガルフの作業を真剣に見入っていたのだ。彼の手がハンマーを振るう姿はまるで舞踏のようであり、その技術の精度と迫力に圧倒される。鍛冶場は熱気に包まれ、創造と削り出される武具の響きが室内を震わせる。


「この合金はミスリル、銀、オリハルコン、アダマンタイト、ディルレリウム鉱石の他に龍の血やらなんやらが使われているんだ。別名、瑠璃輝銀るりかがねつって、硬度はダイヤモンドよりも上でしなやかで良く伸びる。それでいて魔法を断ち切る力と魔法の伝達量が他の合金の比じゃねえとんでもない合金なんだわ。本来はドラゴンの焔袋えんぶくろと魔法炭を燃料に使った炉……現状究極と言われている天響黎明炉てんきょうれいめいろで素材を焼きながら混合して打っていく。だがぁ、俺の設備じゃあこうして古いやり方でしか加工できねえんだわ」

「なるほど……とんでもない素材を、とんでもないレシピで、とんでもない魔法炉で混ぜ混ぜして、ハンマーで叩きまくってつくられた合金なんだね!」

「だあもう! かっこよく説明したのになんでそんなかんじにしちゃうのお!?」


バンガルフがため息を吐く。


「はあ……まあ、お前がデスクローラーとの闘いで死にかけた事はアランから聞いている。お前さんの剣はその時から四六時中鍛えてて今が最終段階だよ」

「その……なんかありがとうね」

「いいって事よ。鍛冶屋が鉄を打たなきゃ何を打つってんだ。まだ時間が掛かるから俺の作った作品でも見てろ」

「了解!」


ノアはバンガルフに言われた通りに飾ってある武具達を眺める事にした。

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