【短編 アラン視点 1-3】

群れの一体が突進してくると同時に、アランは瞬時に身をかわし、剣を振り下ろした。

銀の剣がナマズガエルの体に深く切り込み、血しぶきが舞う。


次々と襲いかかるナマズガエルたちをアランは見極め、剣を舞わせて斬り伏せていった。彼の動きは迅雷の如く速く、ナマズガエルたちの攻撃は空を切り抜ける。彼の斬撃は鋭く、一刀でナマズガエルの頭を切り裂き、別の一体を胴体を真っ二つにしていく。

洗練された無駄のない動きと剣筋。

ナマズガエルが水かきのついた大きな手の平を振るう前に断ち切られて行った。


ナマズガエルの凶暴な咆哮が轟き、闘志に満ちたアランの瞳が輝く。

彼は力強く踏み込み、ナマズガエルの攻撃をわずかな動作でかわし、剣で応戦する。

彼の剣技は確実にナマズガエルたちを次々に葬って行った。

本来であればプラチナランクの冒険者が束になってやっと一匹倒せるかどうかの化け物を、彼はたったの一太刀で確実に倒していく。

圧倒的実力と圧倒的な剣技。

ノアと共に行動している時の彼は、ノアに経験を積んでもらいたいが故に手を抜く。つまり、現在一人で行動している彼は、オリハルコンランクの冒険者である実力が本領発揮されているのだ。


闘いはより激しさを増し、周囲には血と泥が飛び散る。

アランは多少の反撃や傷を負いながらも立ち向かう。

僅かな掠り傷は気にも留めず、僅かな動作で反撃を決める。

彼の剣は敵を斬り裂くたびに闘志が高まっていった。体が温まってきた彼の動きはより鋭く、洗練さを増していった。


狼牙流剣術は十二の型がある。彼はたった一つの天狼疾走と言う歩行術でのみ立ち回り、剣を振るっているだけだ。これがもしもノアであれば、霊薬や多くの型を駆使してやっと一体倒せるかどうかの所を彼は呼吸をするように切り伏せていく。

彼の周りには倒れた敵の姿が散らばり、戦闘の熱気がただならぬ勝利感と共に充満している。


一体が迫ってくる瞬間、アランは一刀を放つ。

剣がナマズガエルの体を貫き、その咆哮が絶えた。返り血を一つも浴びず、それでいて銀の剣にも血が付着しない程の速さと攻撃力。

アランの周囲には既に二十体以上の死体が転がっていた。

凄惨な惨状に恐れ戦き、控えていた群れが彼の眼光に気圧される。グロームスワンプで強者の位置に君臨している魔物が、一人の人間に怯えて後退している。


「おうおうおうおう……やたらと腕の経つ御仁と見受けられるのお?」


群れの中からひと際大きな赤いナマズガエルが顔を出す。

彼は人の言葉を流暢に話しながらアランの前に現れたのだ。


「人間一匹程度なら倒せると思ったんだがまさかここまで同胞がやられちまうなんてなあ? おめぇいったいナニモンだあ?」


圧倒的存在感を放つ化物。

見た目こそ通常のナマズガエルと大差は無いが、その巨体は凄まじいものがある。


「随分流暢に人の言葉を話すんだな。いったい何人の人間を食ったんだ?」

「まあそう言うなって剣豪さんやあ、俺達魔物も戦った戦利品が必要なだけだあ。それよりもあんたの腕に興味があって顔をだしただけだあぜ? そんなに警戒すんじゃあねえって」

「魔物風情が……」


人の言葉を話す魔物……。かなりの上位種だな。群れと合わせてかち合うとなると分が悪い……。


「見たところ急いでいるようにも見えるし、探し物をしているようにもみえるんだがあ……実際のところどうなんだあ?」

「…………」


察しが良いのか、最初から見られていたのか……。痕跡は残していないから前者、か?

どちらにせよコイツは厄介だ。張り合うには朱狼の活命湯が必要かもしれんが……生憎と今は持ち合わせていない。

アランは納刀しタバコに火をつける。


「ま……人探しをしているところだ」

「最近じゃあ人間の五人組があの辺でデスクローラーと戦ってたがあ殆どが死んじまったなあ」

「他には?」

「人間の娘が三人……だったかあ? 葦の群生地でデスクローラーとやりあってたみてぇだあぜ。ただ、失敗したみてぇでデスクローラーをエラく怒らせちまったみてえでよお? ありゃ近い内にくたばるとおもうぜ」

「ほう……」


恐らくノアが冒険者を助けたのだろうな。

あいつの事だから変な正義感が働いて挑みに行ったのだろう。


「助けに行くならさっさと行ったほうが良いかもなあ? 血の匂いに釣られていろいろと騒がしくなってるからよお」

「……で、どの辺りだ?」

「そりゃあタダって訳にゃあいかねえだろお?」


アランは舌打ちをし、苛立ちを見せた。

急いでいるのに面倒事を増やしやがる。


「お前、酒を用意できるか?」

「……高額なモノでなければな」

「グロッグを樽で用意できねえかあ、できれば三つ」

「五つ用意する。護衛しろ」

「いいねえ! 話が分かるじゃねぇかあ! よっしゃあ聞いたかお前らあ!」


ナマズガエルの親玉が咆哮にも似た声でゲラゲラと笑う。


「あんちゃん話が分かるねえ……娘っ子達はここから西に進んだ先でやりあってるよ」

「酒は二週間以内に用意する。街道付近に置いていくから回収はお前達でやれ」

「構わねえさあ……。ちなみにオイラの名前はダムダムってんだよろしゅうなあ?」


アランは特に返事をする事無く背を向けて立ち去って行った。

彼の背中の方からダムダムの大声が響く。


「おっしゃお前ら! 酒の為に人間の嬢ちゃん達の護衛をすっぞ!」


泥濘を巻き上げながら巨体の魔物達が一斉に動き出す。





アランは力強くグロームスワンプの地を駆け抜けてる。足元の湿地帯を踏みしめるたびに、泥濘が飛び散り、足跡を残していった。


茂みの中を疾走する彼の姿は颯爽としており、力強い足取りで前へと進んでいった。樹木の枝が彼の通り道を避け、湿った草地が足元に擦り寄っていく。


アランは息を切らしながら、グロームスワンプを駆け抜ける中、遥か遠くに気を失った少女たちの姿を見つけた。彼女達は泥にまみれながら、疲労の色を帯びて地面に倒れ込んでいた。


ノアは茂みの中で無意識のうちに体を折り曲げ、泥に顔をうずめてしまいた。彼女の髪は乱れ、薄汚れた服は湿りきってしまっていた。


「ノア!」


アランは咄嗟にノアの元へと駆け寄っていく。アランは一目見ただけでノアがどれだけ身体を酷使したのかを理解した。

限界を超え、ボロボロになるまで戦ったノアは瀕死の状態である。全身の骨にはヒビが入り、折れている部分もある。

酷使された筋肉は断裂していて、全身の傷口からは出血が見られる。


霊薬の副作用によって血涙と鼻血がどくどくと流れていた。


アランは周囲にいる少女達の存在にも気づいた。

ベルは近くの木の根元に寄りかかり、気を失っている。彼女の手は泥だらけで、力なく地面に滑り落ちていた。

エリナはノアとベルの間に倒れ込んでいた。

二人とも魔力を使い果たしたせいで顔は青ざめ、ぐったりとしている。


アランは彼女たちの状態に心を痛めながら近づき、彼女たちを一人一人丁寧に確認していく。

彼女たちの胸はゆっくりと上下し、生命の証である微弱な呼吸が感じられた。


「大丈夫だ、君たちを助ける方法がある。待っていてくれ」


アランは囁きながら、自分のポーチから救難信号を送るスクロールを取り出した。スクロールは鮮やかな色彩で輝き、救援を呼び寄せるための魔法が込められているものだ。


アランはスクロールを丁寧に展開し、静かに魔法の言葉を唱えながら空中に放つ。すると、スクロールから発せられる光が少しずつ膨れ上がり、空に舞い上がっていった。光は次第に大きくなり、まるで星のような輝きを放ちながら大きな光を放つ。


アランが少女たちを治療している間、彼の視線は近くに横たわるデスクローラーの死体に引かれた。


「これは……」


その姿は凄惨であり、アランの顔には驚きと戦慄が広がった。

デスクローラーの体は確かに傷だらけであったが、その殆どが浅いものである。しかし辺り一面が帯びた正しい量の血で満たされているのをみると――アランはデスクローラーを死に至らしめた原因を見つけた。


「大量出血を狙ったのか……全く……」


アランはノアの戦い方に呆れながらも、ギルドの回収班が来るまでの間彼女達の応急処置を進めていった。

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